2009年10月13日 (火)

家族・・・?

前回の記事で
「結婚して10年目」
と書きました。

今まで、相手に伝わらなくてもどかしい分
ここで愚痴ったり、
(今思えば酷い私・・・Σ(゚д゚lll)
・・・って今もか・・・。)
心身共にコミュニケーションが
計れないのに、
よく10年続いたなぁとも思います。

お互いに思っていることを上手く伝えられない
そういう不器用なところがあるんですよね・・・。

それでも、10年続いたって事は
そういう縁があるんでしょうね。

でも、何かわたしとだんなさんは、
「夫婦」というよりも、
だんなさんが私の
「お父さん」?

みたいなそんな感じです(;´▽`A``

もう全然ラブラブモードはないけれど、
これが「家族になる」って事なのかな?

普通の家族を今まで知らなかった私だから
よく分からないけれど。

これから先、どうなるかは分からないけれど、
でも、これは「幸せ」なことなんだろうな。
って最近は思えます。

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2009年5月11日 (月)

毒になる親

何だか、穏やかではないタイトルですが・・・。

以前、ここにも書いたと思いますが、
私の実母は、精神的に不安定な人です。
私をはじめ、母を知っている人は、
母のことを
「人格障害」
と思っています。

妄想もひどく、
その上、その妄想をキチンと聞かないと
「親不孝者」
呼ばわりされます。
他人の意見に全く耳を貸さず、
おそらく、医者に罹った方がいいのでは?
と何年も前から思っていましたが、
母は
「自分が世界で一番正しい」
と思っているので、
自分が病的とは思っていません。

そんな母は、私が子どもの頃、
「お母さんの言うとおりにしていればいいの!」
「お母さんの言うことが聞けないお前は
世界一の親不孝者だ!」

と言われ続けて来ました・・・。
母は、私が母の言いつけを全て守る従順な娘に
なってほしかったようで、
私が少しでも母の意に反すると
(着る洋服ひとつとっても)
私という人格を否定してきました。

母との事を思い出すたびに私の精神状態も
不安定になります。
なので、適度に距離をとりながら、生活してきたのですが、
さすがに「母の日」だし・・・と電話をしたら、
やはり、私の心をかき乱す事ばかり言われました。

私が「王子がいるから、毎日楽しい。」と話すと、母は、

「お前、そんなこと言っても王子が中学生くらいになったら、
お前に反抗して苦労するだけだよ。
子育ては、苦労しかないんだから、
私は日ごろからお前に
子どもはひとりで十分と言っているんだよ。」

と・・・。

確かに今8歳の王子は、まだ私に甘えて来ますが、
思春期にもなれば、反抗期も来るでしょう。
親子関係が難しくなる時期もきっと来るでしょう。

でも、実の娘に
「子育ては、苦労でしかない。」
と言い切るなんて、
まるで、私自身の存在を否定されたようだった・・・。

もう私もいい大人なのに、いまだに
親からの見えない呪縛に苦しめられている。

そんな私の為に書かれたような本がある。
「毒になる親」
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・子供が従わないと
罰を与え続ける
「神様」のような親。

・「あなたのため」と言いながら
子供を支配する親。

上記の事は、
全く母と私の関係と一緒です。

今後の母との関係に悩みつつ、
王子との関係についても、
今はとてもいい親子関係を築いていると
自分では思っているけれど、
王子が成長するにつれて、
いろんな問題が生じるでしょう。

そんな時、どう対処すればいいのか?

ただ、私は自分が親にされて、
傷ついた事。
嫌だった事は王子には絶対にしたくない。

王子のありのままを常に受け止めたい。

王子にとって、たったひとりの母である私が
王子の「毒になる親」にならないようにしたい。

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2008年12月30日 (火)

母の思い込み

昨日(王子と映画鑑賞)
一昨日(久しぶりに王子と共に母に会う)と
出掛けたので、
さすがに今日はとっても疲れ果てて、
なかなか目覚める事が出来なかったpinguです。

でも、これくらいのことで起きられないなんて、
やっぱり、社会復帰は無理なのかな・・・
( ´・ω・`)

そんな私を叩き起こしたのは、
一本の電話だった。

電話の相手は、一昨日会った実母だった。

一昨日、実母に会った件はブログにも書きました。
「言わなければよかった・・・。」
母は、電話でいきなり
「お前の病気ね、なんだっけ?
自分の免疫が免疫を壊す病気?!
これに似た病気、昔○○おばさんも罹っていたけれど、
治ったらしいよ。
だから、お前も治るよ。」

「あぁ、お母さん、私の病気のこと、
心配してくれてたんだな・・・。
『私の外見の変化ばかり気にして、
病気のこと知ろうとしなかった』
なんて、思ってしまって悪かったな・・・。」
と母の気持ちがうれしかった。

でも、その後こんなことを言われて、
また私自身の精神状態が混乱した。

「お前、だんなにこき使われているから
こんな病気になったのよ。」

は?Σ(゚д゚;)
ち、違うってっ!
この「特発性血小板減少性紫斑病」は、
原因不明なの!
それに、ぜんぜん、こき使われていませんから!

と言っても母に聞く耳なし・・・。
(だんなさんの仕事はとても忙しいので、
家事とか手伝いたくても出来ないのが現状。)

母は、病的に思い込みが激しく、
一度、思い込んでしまったら、
絶対にその思い込みを変えることはない。

母は常に
「共働きは、女性ばかり仕事+α育児、家事と
負担がかかって大変だ。女ばかり損している。」

と言っている割には、一方で、
「これからは、女性も自立しないとダメなのよ!
だから仕事は続けなさい。」

と言う。
じゃあ、私はどうしたらいいの?!

子持ち共働き家庭では、
実家に子どもの世話をお願いする家庭も
多いけれど、私の場合、
精神的に不安定な母に王子のことを
時々でも見てもらう事など絶対に出来ない。
母自身も、
「私は、孫はかわいいけれど、
たとえ5分間でも、面倒見きれないから。」

とハッキリ言ってたもの・・・。

結局、今日の電話でも、
母は一方的に話して、私に何も話す間を与えずに
電話を切ってしまった。
「私の病気は、だんなさんにこき使われたから。」
と母は一方的に思い込んでいる。
そうじゃないって、説明したいのに。
(説明したところで聞く耳持たないと思うけど。)

なんだか、母からの電話で
また、精神的に不安定になってきた・・・。

いや、私の事、心配しているのは分かるんだけど・・・。

突然、思い出したけれど、
実の母を悪く言いたくはないけれど、
母は、私が小、中学生の頃今で言う
「モンスターペアレント」
のはしり(?)だった。

私が小6の時に担任の先生に
「うちの娘の隣の席の子、
気に入らないので、席替えしてください。」

ってとんでもない『お願い』をしていた・・・。
その「気に入らない」理由も、
特にその子になにか苛められたとかじゃなく、
「あの子、なんとなく生理的に嫌いだから。」
ただ、それだけの理由で・・・・。

そんなハチャメチャな『お願い』を担任が聞き入れるわけもなく、
そんな担任を母は勝手に「逆恨み」してた。

もしも、私が病気で死んだりでもしたら、
だんなさんを勝手に逆恨みしそうで今から怖い・・・。

そんな母に対して、
私はこれからどう接していけばいいのか、
真剣に悩んでしまう・・・。

ちなみに母は、自分は正常だと思っているので、
絶対に病院にかかろうとはしません・・・。

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2008年12月29日 (月)

言わなければよかった・・・。

私の両親は色んな事情から別居をしていて、
母は独り暮らしです。
以前にもブログにも書きましたが、
私は昔から母と色んな感情のもつれがありました。
母は、「人格障害」です。
普通の会話すらまともに通じません。
私自身の心の安定を保つためにも、一定の距離を置いていますが、
先日の「飯島愛さんの孤独死」の件もあり、
「母も歳だし、大丈夫かな?
1ヶ月以上は連絡とってないや・・・。」

と思い、先日電話して、
「お正月休み、王子連れて
そっちに行きたいけどいつがいい?」
と聞いたら、何故か、実家ではなく、
実家近くの喫茶店で会うことに・・・。

実は、私が「特発性血小板減少性紫斑病」に罹ったこと、
その治療で「プレドニン」
飲んでいる事も、まだ言っていなかったのですが、
会うからには、見た目に出る副作用もあるので、
これ以上隠しておけないと思い、
ようやく母に病気のこと、薬の副作用が酷いことを話しました。

「実は心配すると思って、言わなかったんだけど、
私、『血小板が減少する特定疾患』に罹って、
ステロイド剤飲んでいるんだけど、
薬の副作用が酷いんだ。
太ったり、ニキビが出来たり、不眠症になったり・・・。」

電話口でさすがに母はビックリしていたようでした・・・。

で、その2日後に王子を連れて、久しぶりに母に会いました。

母は、私を見るなりこう言いました。
「おまえ、思ったより太っていないじゃないの!
よかったわ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

まぁ、確かにそう言われた事自体はうれしかったけど、
母は私の見た目ばかり気にして、
「特発性血小板減少性紫斑病」という
病気の事にはほとんど関心を持っていないようでした。
私が
「お母さんは、私の病気のこと気にならないの?
血小板が原因不明で急に減る病気なんだよ。」

と言っても、
母曰く「血小板ってなに?」と言う始末・・・。
そして、その後は私の近況も聞かずに
体調はどうなの?の一言もなく・・・。
母自身の話ばかり延々とし続けた・・・。

母は、本当に私の見た目のことしか気にしていなかったのだろうか?

やっぱり私は母にとって、いくつになっても
「お人形さん」
でしかないのだろうか?

そういえば、電話した時に母はこう言っていました。
「外で会うんだから、お前、オシャレして来なさいよ。
私の娘がみっともない格好していたら、恥ずかしいんだから。」

と言われ、また昔の嫌な気持ちが蘇ったのです・・・。
病気で薬の副作用を気にしている娘に言う言葉なの?

まぁ、母も独り暮らしで話し相手もいなかったから、
寂しかったのでしょう。

でも、さすがに
「薬の副作用で不眠とか鬱もあるみたい。」
私が言っても、
「なに言ってるの!
鬱なんて10人にひとりは罹るんだから。」

と取り付く島もなし・・・。
仕事のことの悩みも切り出す暇さえありませんでした。

で、その母と私のやりとりを傍でずっと聞いていた王子。
私に何も言わせずに、どんどん一方的に話続ける母
(王子にとってはおばあちゃん)を見て、
王子は時々、何かを言いたそうにくすくす笑っていました・・・。

母と別れて、家に帰ってから王子がこんなことを。
「おばあちゃん、ずーーっとひとりで
しゃべってたからおかしかったよ。
ママに、ほとんどしゃべらせなかったね┐(´-`)┌」

王子、よく観察してたものだ・・・。

そして王子はちょっと言いづらそうに、こんなことを言いました。
「あのさ、おばあちゃん、ママの見た目のことだけ言ってて、
病気のこと、全然聞こうとしなかったよね。
ママが話そうとしても、
おばあちゃんばっかりしゃべってたよね。
ボク、なんだかなーって思ったよー。」

ビックリしました。
そして、なんとも言えない気持ちになりました。
今まで、私がずっとひとりで抱えていた母への気持ち。
実の母に対して、負の感情を持ってしまう自分自身に
私は今まで、何度自分で自分を責めたことか・・・。

でも、僅か8歳の王子に救われた気がしました。

そして、本当に私の倍近く人生を生きている母よりも、
8歳の王子の方が私の本質を分かってくれている・・・。
と本当になんとも言えない思いでした。

母に病気のこと、言わなければよかった・・・とも
思いましたが、
でもいつかは分かることだし・・・。

あと、今回の件で王子が自分のおばあちゃんに対して
悪いイメージを持ったらどうしよう・・・と懸念しましたが、
「王子、おばあちゃんどう思う?」
って聞いたら、
「ちょっと変わっているけど、好きだよ。」
とニコニコと答えてくれて、すごく救われました。
たとえ変わっていても、
母にとって王子はたったひとりの孫だもの。

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2008年8月 4日 (月)

ようやく・・・

実はもうすぐ王子の誕生日。
そのこともあって、昨日私の父から電話がありました。

父の用件は
「王子の誕生日プレゼントは何がいいか?」
というもの。

実は、父には「血小板減少症」のこと、
仕事の悩みなどをまだ打ち明けておらず、

特に血小板減少症は原因不明ということもあり、
余計な心配を掛けたくないという思いから、
いつ父に言おうか、それとも、もしかしたら、
この病気が急性のもので、
いつの間にか血小板の数値が上がって
治ってくれるかも知れない・・・
という思いもあってなかなか言い出せなかったのです。

でも、実の親に重大な事を隠しているのも辛くて、
ようやく、昨日の電話で

「実は原因不明の血小板減少症で入院してた。
今も経過観察中で、
もしかしたらステロイド治療が必要かも知れない。」

と打ち明けました。

つい数ヶ月前には「がん」の手術を受けたばかりなのに、
今度は原因不明の血液の病気ということもあって、
父も電話の向こうでかなり心配していたけれど、
「大丈夫。命に関わるような重篤な病気じゃないから。」
と説明しておきました。
(特発性血小板減少性紫斑病は、
それ自体の死亡率は5%以下という報告例あり。)

でも、父も「pinguも次から次へと・・・。」
と電話口で嘆いている様子だったので、
私、つい
「仕事のストレスもあったのかも知れない。」
とポロッと言ってしまいました・・・。

父に今の気持ちを打ち明けると、父は

「お前も十分頑張ったんだから、
仕事はいつ辞めてもいいんだよ。
身体を壊したら何にもならないじゃないか。」

と言ってくれました・・・。

実は、もしかしたら親に
「仕事を辞めたらもったいない。」
と言われるんじゃないかと思っていたので、
その言葉、実は意外でした。
ずっと、親には
何でも出来る<いい子>でいないといけないという
昔からのある種の強迫観念が私にあったから・・・。

でも、
「あぁ、やっぱり親ってありがたいな。
本気で私のこと心配してくれる。」

と改めて感じました。

色々と事情があって、父は遠く離れて暮らしているけれど、
久しぶりに父に会いたくなりました。
久々に孫の顔も見せてあげたいし・・・。

ただ、どうしても母にはまだ病気の事が言えません。

何度も書いているけれど、
母はかなり、精神的に不安定な状態なので、
「がん」のことや「血小板の病気」のことを打ち明けたら、
パニックになったりして、
余計に精神状態を悪化させそうだから・・・。

それに、私が子どもの時に病気になったら
いつも「お前は私に苦労ばかりかけて・・・。」
と散々言われたことが今でも
私の大きなトラウマになっているのです・・・。

あと、母方の親戚はとある宗教を信じているのですが、
(私はその宗教には入っていません。)
母方の親戚に病気の事を知られたら、
「pinguちゃんは、○○を信じていないから病気になったのよ。」
と言われそうで・・・。
(実際にそういうことを言う親戚なのです・・・。)
母や母方の親戚の反応が怖くて、(考えただけでストレスになるし)
その事がまだ不安の種のひとつではあります。

でも、父に打ち明けることが出来ただけでも
肩の荷が少しとれた気がします。

父には、「お母さんにはいつか私から言うから、
まだ言わないでね。」と言っておきました。
父も母の事はよく分かっているので、
「分かった。」と電話の向こうで頷いていました。

今の私の健康状態ではちょっと遠方の父のところまで
行けないけれど、少し元気になったら
王子の学校の休みとか利用して、
王子と一緒に会いに行こうと思っています。

あと、父はこうも言っていました。

「母親(私)が疲れた顔や暗い顔をしていたら、
王子が一番かわいそうなんだよ。」

その言葉に涙が出そうになりました・・・。

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2008年3月 3日 (月)

母と娘

3月3日は「雛祭り」
可愛い王子がいるから、本当はもう十分なのに、
デパートとかで見かける「お雛様」を見かけると、
「女の子もほしかったかな?」
「女の子もお家にいたらどうだっただろ?」

とふと思う。
もう、決して叶わない夢だけど・・・。

でも、私は男の子の母親にはなれたけれど、
仮に女の子の母親には、なれただろうか?

女の子を育てたら、きっと自分と自分の母親との事を
嫌でも意識してしまうのではないだろうか?

私の母は、精神障害があると何度か書いた。
そして、これも精神の病の一種だったからなのだろうか?

私が子どもの頃、母は常に私を支配して、
「自分の着せ替え人形」のように
子どもの私を育てた。
私がまだ自我を持たない幼少時ならまだ分かる。
髪型も洋服も全て、母親好みにすることも・・・。

でも、私が自我を持ち始めた小学高学年、中学生になっても
私自身の好きな洋服、私自身の好きな髪型にしたくても、
(私は決して、不良みたいな格好しようとしたわけじゃなかった。)
母親はそれを決して許さなかった。

前髪の長さも、スカートの長さも、靴下の短さも、
学校の校則よりも遥かに厳重に母親に決められていた。
学校の部活も母親の好きなものにしか入れなかった。

ずっと、私は母親の「お人形さん」
でい続けなければいけなかった。

私が「いやだ」と反抗したら、

「おまえは親の言う事を聞かない親不孝者だ。
お母さん、もう死んでやるから。」

ってずっと脅され続けていた。

異常だったのは、運動会で生徒みんなで揃える靴下の長さに
母が気に入らないと言い、
中学校の運動会にさえ、参加させてもらえなかったこと。

娘に対する歪んだ愛情。

それだけじゃなく、精神の病気も酷くなって
母の妄想、強迫観念が強くなり、とうとう私が中2になったとき
母は私を育てられなくなり、私はそれから親戚に家に預けられた。

それでも、母は精神科に行こうとしなかった。
母は、自分が病気と思っていなかったから。
母は、自分が一番、正しいと信じていたから。

それから年月が過ぎたけれど、
母の精神の病は相変わらず・・・。

あと、私がいくら母に精神の病があるとはいえ、
実の母親に「がん」であることを打ち明けないのは
きっと、普通の母子関係を築いてきた人からは
不自然極まりないでしょう。

いろいろ理由はあるけれど、

私は子どもの頃から、
虚弱体質でよく風邪をひく子どもだった。
その度に母親は
「親にこんなに心配かけて、
おまえはなんて親不孝者なの!」

と病気になるたびに、いつも母にこう言われ続けていた。
(まぁ、母なりに私を愛していたからこそ、
心配もしたのは分かるけど。)

そして、去年末に
「卵巣腫瘍摘出の手術で入院する。」
と母に説明したら、病院に来た母に何度も言われた。

「卵巣1個だけじゃなく、子宮も全部とっちゃえばいいのに。
子どもなんて、ひとりで十分よ。
ひとりだって大変なんだから。
子どもはすぐに病気するし、
子育てなんて苦労なだけなんだから。
どんなに愛情かけて育てても、
子どもは親不孝にしかならないのよ。」

その言葉、すごくショックだった・・・。
子どもの頃からの私自身そのものを否定された気がした。

母には14歳までしか育ててもらえなかったけれど、
私は母に苦労だけかけてきた、
そんなに親不孝な娘だったの?

その上に「がん」なんて言ったら、
もう、どんな傷つく事を言われるか分からない・・・。

ただでさえ、今、全摘手術を控えて
私の精神は相当不安定なんだから、
もうこれ以上、かき乱されたくないの・・・。

確かに私だって、王子が病気をした時はつらかった。
でも、病気に罹った王子を
「親不孝もの」だなんて
一度だって思ったことはなかったよ・・・。

王子には、私みたいな思いはさせたくないよ・・・。

私は決して、私の母のような事を
王子に言ったりしないって改めて思った。

なんか、最近はただでさえ「病気ネタ」で
重い内容なのに、さらに重い記事を書いてゴメンナサイ・・・。

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2008年2月 6日 (水)

父と母

今日(2月6日)は、私の父の誕生日。

遠い所に離れて暮らしている父に夜、
「誕生日、おめでとう。」と電話した。

私と孫(王子のこと)からの電話にスゴク喜んでいたけれど、
父は、私の病気の事をとても心配していた。

まぁ、当然といえば当然だろう。
自分の子どもが初期とはいえ、
「がん」だと知ったら心配しない親はいない。

父は、私が再発や転移など絶対にないように、
今は健康であるもう片方の臓器摘出の手術を強く勧めている。
娘のいのちを思えばこそ、父が手術を願うのも当然だろう。

でも、私自身がまだ決断出来ない事はとても言えなかった。
「お前、だんなはどう言っているのか?」
と父に聞かれ、
「がんじゃない臓器はまだ摘出手術しなくてもいいんじゃないかって
言っている。」
と正直に答えたら、
父は電話の向こうで明らかに不機嫌になっていた。

娘の配偶者が、娘のがんの再発、転移について、
真剣に考えていないと思ったのだろうか?

実際に私の父は、私の配偶者と何年も会っていない。
だから互いの事をよく知らない。

それどころか、父は実の娘である私や孫の王子とも
1年以上、会っていないのが現状なのだ。

父は定年退職後、遠い他県で
祖母(私にとっての祖母)の介護をしている。
父は祖母の介護で、私の入院中も病院に来られなかった。

で、母とはもう何年も別居している。
父と母は、もう何年も不仲で
正直言って、離婚しないのが不思議なくらい。

前にも書いたけれど、母は精神的に不安定で
いろんな意味で問題がある人。

私が入院中に母は何回か病院に来ていたけど、
(「がん」と結果が出る前で、
母には良性の腫瘍摘出で入院していると説明しておいた。)
母は、手術が終わったばかりの私の枕元で、
訳の分からない妄想話ばかりしていたし・・・。
まぁ、母なりに心配していたのは分かったんだけれど。

私が「がん」だったと分かった時も
「がん」という事実は母には言えなかった。

母に言うべきかどうか私も悩んで
父や義母に相談したけれど、
「相当精神的に不安定な人だから、言わない方がいい。」
という結論に達した。

普通に考えれば、
一番に相談して頼れるのが実の母なんだろうけれど、
実際に今はとても、それが出来る状況じゃないので・・・。
その事が私自身、辛いし、悲しい・・・。

遠く離れてなかなか会えない父と
頼ることも甘えることも出来ない母。

それでも私にとって、
たったひとりの父であり母。

父はともかく、母だって、
表現はかなり変わっているけど、
私が王子を世界一愛しているように、
父と母もひとり娘の私を愛していることに違いはない。

父と母より先に逝くのは、一番の親不孝だよなぁ・・・。

どうか、私のがんが再発しませんように・・・。

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2007年10月14日 (日)

母の夢

今日はずっと調子が悪くて、眠っていた。
夕方、夢を見た。

実の母が、手料理を作ってくれる夢。

目が覚めて切なくなった。

私は自分の親の事はあまりブログに書かないし、
リアルの知人にもほとんど言っていません。

母は精神的な病気を抱えています。
ま、私も鬱症状があり似たようなものだけど、
母は、普通の社会生活も送れません。

私が母の異常に気付いたのは、私が小3の時でした。
「お母さん、なんか普通じゃない・・・。」

子ども心の予感は的中し、
母はどんどん精神的に不安定になっていきました。

でも、自分が一番正しいという考えの母は、
家族の説得も聞かず、決して病院に行きませんでした。

私も自分なりに調べたら、
母は「強迫神経症」のような症状でした。

電車のつり革に触れない。
外のものが全部汚く感じて、外から帰ったら
3時間は手を洗っていました。
来客が触った家のドアノブも触れず、
そのうち、外で仕事をしている父のことも汚いと
言い出す始末。

また、私はひとり娘だったので、母は私を自分の分身の様に扱い、
「母にとって汚いものは、娘の私にも触らせない。」
と、私の行動も理不尽に制限されました。

また、母は強迫神経症以外に
「境界性人格障害」
のような症状もありました。

母の精神状態はどんどん悪化し、

私が小6くらいの時は、母と意見の対立があれば何度も
「お母さん、もう死んでやるから。」
家族を脅しそれを言われれば、父も私も母のどんな理不尽な
要求も目をつぶらなければ生きていけませんでした。

私が中2になった頃、とうとう母は私を育てる事が出来なくなり、
私は母方の叔母宅に預けられる事になりました。

今、思い返せば、
母の手料理ってほとんど食べた事がなかった。

それを思ったら、夢から覚めて切なくて泣きそうになった・・・。

私は子どもの頃は、精神的に不安定な母の顔色を伺って、
中学生~高校生は、厳しい叔母家族の顔色を伺って生きてきた。

その時の癖が今でも自分の中に染み付いているみたい・・・。

また、わたしは自分もいつ
母の様になるんじゃないかと恐れていた。

そして今の私、母が発病した歳に近づいてきた。

王子には、私が子ども時代に味わった思いはさせたくない。

それだけ思ってここまで来たけれど、
私も大丈夫なんだろうか?
なんだか、怖いよ。

ただ、絶対に子どもを叱る時に
「言う事を聞かないと、お母さんは死ぬからね。」

など、子どもの心に一生消えない恐怖心を
与える事だけはしたくない。

ただ、最近疲れて、あまり凝ったご飯作ってあげられないのが
心苦しいな・・・。

あ、現在の母は昔とあまり変わりありません。
相変わらずですが、
私も母とはつかず離れずの距離を置いています。

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2007年8月17日 (金)

家族の肖像

070817_20300001学童保育でプールがあり、
疲れてしまって、
「ポケモン図鑑」
を見ながら、そのまま眠ってしまった王子。

愛しい。
王子と二人でくつろぐこの空間が私にとって、
最高の幸せ。

でもこの幸せは、おっとの帰宅とともに崩れ去る。

おっと、というか、同居人が帰ってくると、
最近、身体がこわばって、精神的に憂鬱な気分になる。

部屋も同じ部屋にいることはほとんどない。
(小さい家だけど)
まるで、もはや、「家庭内別居」に近い。

これじゃいけないって分かっている。

家族だもん。
もっと話をしないといけないって分かっている。

でも、一緒にいるのが憂鬱で、もはや
「 主人在宅ストレス症候群」
みたいになっている。
これって、だんなさんが定年退職した後に起きる状態じゃない・・・。

まだ30代でこれじゃ、
これから先どうするの?

決してDVがあったり、
ギャンブルしたりなど悪いだんなさんではない。
逆に「優等生」過ぎて、疲れてしまう。

価値観のズレは、赤の他人同士なら誰にでもあることだけど、
それを埋めるお互いの「思いやり」がもう、持てない。

私も、もう優しくなれない。

私たち、本当はもうとっくに終わっている。

もう、お互いがお互いに関心がないもの。

友達が言っていた。

「愛情の反対はね、憎しみじゃなくて
無関心なんだよ。」

本当にそのとおりだと思った。

もしも、仮に相手が浮気しても、
私はショックを受けない自信がある。
憎しみもきっと、感じない。

じゃあ、
何で別れずに一緒にいるの?
と思うだろう・・・。

王子は、パパのことが好きだから。
おっとも王子を愛しているから。

王子からパパを奪えない。
おっとからも王子を奪えない。

家族って一体なんだろう?

理想の家族を知らない私は、
その答えが分からない。

私の両親も不仲で別居しているから。

積極的に別れる理由はないけれど、
一緒にいたい理由はもう、私にはない。

けんかはしないから
(というより、けんかするほどの会話もない)
今の王子の目には、
ママとパパが仲が悪いとは思っていないだろう。

でも、これから先も何十年も一緒に生きていく自信は
私には・・・ない。

愛情の欠片も感じないこの空気の中で、
これからもずっと生きていくのか、真剣に悩む。

私も、人並みに愛し、愛されたいけれど、
もう、今の状態じゃ無理なんだよ・・・。

このままじゃ、ダメだ・・・。

このままじゃ、私は幸せを感じない。
私だけじゃなく、家族みんな幸せになれない。

もっと、どうしたらいいか私は考えないと・・・。

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2007年1月26日 (金)

家族ってなに?

私の心の中から離れない事件がある。

東京で起きた、兄が妹を殺した事件だ。

あまりに悲惨な事件の為、一日も早く私も忘れたいと思っていたのだけれど、
先日、この兄妹の両親が手記を発表した。

「両親が手記 兄妹の「不仲」報道否定」
(毎日新聞記事より)

私はこれを読んで、すごく違和感を感じた。

まず、自分のかけがえのない子どもが被害者であり、加害者であるこの事件。
もし私が親の立場だったら、事件発覚からまだ1ヶ月も経っていないのに、
とても手記なんて、発表出来る心境になどならないと思う。

あと、手記の内容。
加害者である兄を「優しい」と擁護し、
被害者として亡くなった妹の事を
「他を顧みない自由奔放な性格」
その人格を肯定しているとは思えない発言。

今、この世に生きている子どもを庇うのは当然なのだろうか? 

確かに殺人という重罪を犯しても、
親にしてみれば可愛い我が子には変わりないだろう。

では、殺された妹は?
同じ子どもでしょ?

この手記を読む限りでは、
この両親が妹の事を認めていたように取れないのは私だけ?

あまりに亡くなった妹さんが気の毒になった。

確かに、この家族の中では我がままな存在とうつったのかもしれない。
親にとって、「いい子」だった兄たちと比較したら、
妹さんは、奔放すぎて手を焼いていたのかもしれない。

でも、同じ子どもなのに、どうして認めてやれなかったのだろう?
そんな、「トラブルメーカー」だったと言わんばかりの表現・・・。

そして、
「あの時、妹が謝ってくれさえいれば・・・。」
というくだり。

まるで、妹に一方的に非があったようなニュアンスにとられてならない。

この妹さんは果たして
家の中に自分の居場所があったのだろうか?

そして、一番気になるのが、

このような事件を自分の子どもが起こせば、
親は痛烈に今まで自分たちがしてきたことを悔やむのではないだろうか?

「私たちは親として、間違っていた。」
と。

それが感じられないのは私だけだろうか?

手記で感じられないだけで、実際はご両親は、
とても苦しい思いをしているとは推測しますが。

この家族の事をマスコミ報道以外に全く知らない赤の他人の私が
言える事ではないのは十分、承知している。
だけど、色々と思わずにはいられないのだ。

親が子どもの人格を認めてあげないと
誰が認めてあげるんだろう?

親にとって、言う事を聞く「いい子」じゃないと
子どもの人格を否定する。
そういう親も少なからず存在する。

私の親もそうだったから。

もちろん、子どもが道をそれたら、
それを正しい方向へ導くのが親の努めだけど、
子どもの育て方の難しさを改めて感じた。

私も一児の親。

ミスチルの歌の歌詞じゃないけれど、
王子がこれから先、
被害者にも加害者にもならないことを思わずにはいられない。

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いえ、うちの王子だけでなく、どの子も
もうこれ以上、被害者にも加害者にもならないで。
 

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2007年1月 7日 (日)

家族ってなんですか?

家族って一体なんだろう?
分からなくなってきた・・・。

辞書で引いたら
「夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、
共同生活の単位となる集団。
近代家族では、夫婦とその未婚の子からなる核家族が一般的形態。」

とあった。

お父さん、お母さん、子ども。
自分以外の人間(血が繋がっていても)との共同体。
それぐらいは分かるよ。

私は一人っ子として育って、
でも、母は精神的に不安定な人だったから、
甘えて育つことなく、逆に親の顔色ばかり伺って生きてきた。

子どもの頃は、親を喜ばせる事しか考えてなくて、
自分自身が何者なのか、何がしたいのかも分からなかった。

親のせいにする訳ではないけれど、
自分と他者との関係を築くのが下手なまま
私は大人になった。

誰かといても、いつもどこか無理をして、
ひとりになると、ホッとしていた。

なのに、
誰かに甘えたい。誰かのそばにいたい。
というとんでもない矛盾を抱えたまま、私は大人になった。

そんな大人になりきれない人間が結婚して家族を持った。

うまくいっていたつもりだった・・・。

でも、色んなことから目を逸らし続けたツケが
今になってきてしまったようだ・・・。

家族が何なのか、分からなくなった・・・。

他者と共同体を作る以上、常に相手に対して、
思いやりの心を持たないといけない。

そんなこと、頭では十分分かっている。

でも、なんだろう?
この違和感は?

家の中に居場所がない・・・そんな感じ。

いや、もちろん、王子は大好き。
王子がいなかったら、私はもっと早く壊れていた。

小さな王子に私はずっと支えられ、
自分の存在価値を見出す事が出来た。

これからもきっとそうなのだろう。

私にとって、王子が生きがい。

でも、それじゃ、王子が将来、自立したら私はどうなるんだろう?

そんな先の事を心配してもしょうがないね・・・。
おかしいね、私って・・・。

家族って何だろう?
そんなことで悩むなんて、おかしいのかも知れない。

常に家族に対して、思いやりの心を持っていれば
それでいいのに・・・。

何かに悩んだり、つまずいたり、問題がおきたら
何でも話し合えばそれで済むのに・・・。

家族か・・・。

もっと私、努力しなくちゃダメなんだよね・・・。

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2006年2月 6日 (月)

父への電話

月曜日のせいか、心身共にエンジンのかからないpinguです(´Д⊂グスン

今日は、私の父の誕生日でした。

私が子どもの頃、父が大好きでした。
若い頃の父は、なかなかかっこよかったし、
仕事も出来る「かっこいいパパ」と尊敬していました。

でも、父は仕事柄、単身赴任が多かったので、
一緒に生活していた時間が他の家族よりはかなり少なかったように思う・・・。

その後、90年代のバブル崩壊、不況の波は、父にも襲いかかった。
ちょうど、そのころ、父は出世を目の前にしていたにも、関わらず、上役ともめて、
結局、長年働いた会社を辞めた。
(次の仕事も決まらないうちから・・・・)

その時の父は50歳。まだまだ働ける年齢。
でも、不況の中で、50歳の父に再就職の話はなかなか来なかった。

「かっこよくて、自慢だった父」が無職となり、私は悲しかった。
次の事も考えずに仕事を辞めて、そして、次の職探しにも半ば自暴自棄になってしまった父に失望を感じた事もあった。

でもその後、以前の会社と比べたらかなり、小さな会社だけど、何とか再就職した。
そこでは、自分よりも年下の人間に頭を下げていた父・・・。
あのプライドの高かった父が・・・。


去年、60歳になって父は仕事を辞めた。

幸い、父は今のところ、これといった大きな病気はしていない。
でも、親が子より先に逝くのは、悲しいけど自然の摂理。


「親孝行」なんて、具体的にいったら、何をしたらいいのか分からない。

分からないけど、いつか、父が旅立った時に、後悔しないようにしたい。

今夜、父に電話した。


「誕生日、おめでとう。」



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父に電話をしたら、すぐに息子が

「おじいちゃんとお話するぅぅ!!!」

電話の向こうの父(むすこにとってはおじいちゃん)に

ウルトラマンとその怪獣の説明を延々とすること30分!!!

あー、電話代が・・・・・(´Д`;)私、

3分も話してないよ!!!

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2006年1月17日 (火)

近すぎて見えないものがある。

先日の記事の「家族なのに・・・。」について、本当にたくさんの方からのコメント本当にありがとうございました!!
何だか、矛盾した事もぶちまけて書いたので、辛辣なコメントを覚悟していましたが、
皆さんのコメントには、涙が出ました。

そして、色々と気付き、反省させられました。

私は自分の気持ちばかりで、主人の気持ちなんて何も考えていなかったのかも知れない。
相手にばかり、「言いたい事言ってよ!」と言いつつ、
私自身は何も心の中を見せない・・・・。
最低だな、私・・・・。

そして、主人の事もよく知っている友人から
「pinguに一番合う人なんだから。」と言われてハッとしました。

付き合っていた期間も含めたら、10年以上の付き合いになる二人。
付き合った最初の気持ちは、どこに行ったんだろう?(;・∀・)

一緒に暮らすようになって、いつの間にか空気のような存在になっていた。

いつの間にか、一緒にいることが当たり前になっていた。

でも、もし急に主人がいなくなったら、私はどうなるんだろう?

私も甘えすぎていたな。
ちと、反省。(多分、反省しては忘れて、反省しての繰り返しかも(;・∀・))

「相手に対して思いやりを持つこと。」 口で言うのは、簡単だけどそれを実践するって、思ったより難しいですね・・・・。

口べたな私は、主人に今の気持ちをメールで送りました。
彼からの返事を読んで、自分がいかに自己中心でかわいそうぶっていたかを思い知らされた。

そして、私が思っている以上に主人は子どものことを考えていた・・・。

近くに居すぎると、なかなか見えないものなのですね・・・・。

自分の身勝手さに胸が苦しいよ・・・・。

私が子ども時代に手に出来なかった温かい家庭・・・・。
必ず、築いてみせる。
そして、壊したくない・・・・。

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自分の趣味を楽しみつつ(主人とは、趣味が違うけど・・・)
家庭を守るよい秘訣を教えて下さい。

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2006年1月15日 (日)

家族なのに・・・。

今年に入ってから、夜中にネットをする時間が日増しに増えている私・・・。
マズイなぁーと思いつつ、ここに居場所を求めてしまう・・・。

そしたら、案の定・・・。
休みの日の朝、起きられない・・・(´Д`;)

全くのダメ嫁、ダメ母です・・・(´Д`;)

今日は、主人が一日中、機嫌が悪かった。

主人は決して亭主関白な人ではないんだけど、怒っても何も言わない。
何を考えているか分からない・・・。
だから、私はいつも主人の顔色を伺っている・・・。

夜中までネットに耽る妻なんて、夫からしたら決して気分のいいものではないだろう。
でも、昼間はなるべく、主人や子どもに(子どもはウルトラマンのHPを見ます( ; ゚Д゚))
パソコンを譲って、私は家族が眠ってからネットしているけど、
それでも、ネット中毒になりかけている私に不機嫌な思いをしているのは間違いない。

でも、主人は黙るだけで何も言わない・・・。
私も何も聞けない・・・。


夫婦なのに、家族なのに変だよね??

言いたい事があるなら、何でも言い合えばいいのにね。
腹の探りあいをするよりは、ケンカをした方がよっぽどマシだよね・・・。

顔色を伺ってばかりの私も嫌だ!
これからも一緒に暮らしていく相手なのに・・・。

実を言うと・・・・。
私が仕事が鬱になる程、苦痛なのに辞めないのは、
主人と対等でありたいという気持ちもあるから・・・。
こんなことを書くと、専業主婦の方に不快な思いをさせますね。
これは、あくまで私、個人の歪んだ、卑屈な考えだから・・・。
(私の文面で気を悪くされた方がいたらゴメンなさい。妻が働くか、家庭にいるかは、
その家庭の問題だと思っていますので、全く他意はありません。)
まぁ、主人も家計の為にも私に働き続ける事を望んでいるんだけど・・・。

私、本当は専業主婦になりたい。
でも、家計のこともそうだけど、私たちの家庭の収入が主人だけだと、
私は、ますます主人に対して、言いたい事が言えなくなる気がして・・・。
洋服一枚、買うのにもすっごく気を遣いそうで・・・。
うまく表現できなくてすみません。

自分でもすっごく卑屈だなと思う。

でも、こんな気持ちでこれからも家族としてやっていけるのかな?
家族ってなんだろう?

実は、私の両親は現在不仲で、別居しています。
私自身も、母が私が中学生のときに精神的に不安定になって、私を養育できなくなり、
私は中2から親戚の家に預けられました。
そこの親戚もいろいろと、ゴタゴタしていて・・・。
私は、本当の温かい家庭を知らないのかも知れない。

だから、主人とどうやって接したらいいのか、分からないのかも知れない。

主人にだけじゃない・・・・。
他人に対して、私はずっとどう接したらいいのか分からない。

そう思ってずっと生きているから、きっといつも肩が凝っている。
この頃は「緊張性の頭痛」もひどいし、めまいもする。
ヤバい(||  ゚Д゚)ガーン!!自律神経が相当乱れている・・( ; ゚Д゚)

こ、これは・・・
やはり、夜更かしも原因だよね( ; ゚Д゚)

でも、このブログは私の心の置き場所になっているから、辞めることは出来ない・・・。
少し寝る時間を早くします(;・∀・)
(話題が反れたな・・・(;・∀・))

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自分の居場所がないような、そんな苦しい思いを抱きながら今夜息子とお風呂に入ったときに
「ママのこと好き?」と息子に聞いた。

「うん。世界で一番大好きだよ!!」
そんな息子の言葉に本気で涙が出た。
私の居場所はここにある。息子のそばに・・・。

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2005年12月25日 (日)

サンタさんが来た!!

今日12月25日の朝・・・・。
息子が私の肩をたたいたので目が覚めた・・・。
「ママ!!サンタさん来た!プレゼントがある・・・Σ(゚Д゚)」
少し興奮気味の息子。はしゃぐというよりもドキドキしているみたい・・・。
サンタさんからのプレゼントです。
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さて、中身は・・・・。
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先日、サンタさんへの手紙に書いたとおりのプレゼントでした。
051216_19110001

息子は当然、この質問をしてきました。
「ママ!サンタさんに会った?何時頃に来てたの?サンタさんとお話した??」
私「うーんとね、サンタさんね来るのが遅かったから、ママ眠りそうになったよ。だから玄関で待ってたの。
そしたら、ピンポン♪って鳴って、サンタさんが来たんだ。ママね、○○(息子の名前)の言うとおり、「この靴下にプレゼントを入れて下さい」って言ったら、笑ってプレゼントを入れてくれたんだよ。サンタさん、他にもプレゼントを配る家があるみたいで、すぐに帰ったよ。」

(我ながら、うまいわー(;・∀・))
息子は、納得していました。
息子は、こう言いました。
「僕ね、夢を見たの。朝起きたら、サンタさんからのプレゼントがなかった夢。だから、それが本当だったらどうしようと思った。」
息子は今5歳です。いつまでサンタさんの存在を信じるかは分かりません。
でも、その存在を信じているうちは、たくさん夢を見させてあげたい。
私が子どもの頃は、両親は宗教的な行事は嫌いだからと言って、クリスマスを一切、してもらえませんでした。
子ども心に寂しかった。だから、せめて息子には、私が味わえなかった分もクリスマスを楽しんでほしかった。

でも、今日はちょっとした波乱もありました。
2,3日前から機嫌が悪いうちの主人。
「何で機嫌が悪いの?」と聞いても「何でもない」としか言わない。
今日、買い物に行ったら、そこがものすごく混んでいて、私が「混んでいて気分が悪い」と言ったら、
さらに機嫌が悪くなった主人・・・・。私はモヤモヤしていたのが爆発してキレてしまいました(;・∀・)

昨日の記事を見る限りでは、理想的な家族と思われたかも知れません。
でも、本当はお互いに会話もなく、すれ違う夫婦というのが現実です・・・。
夕飯の時は、仲直り(ケンカにもなっていないから、仲直りというのもなんか変(;・∀・))したけど・・・。

家族ってなんだろう??夫婦って何だろう??
主人も私も言いたいことをすぐに口に出すタイプじゃないだけに・・・・。
主人とは、お付き合いの時も含めたら、もう10年以上の付き合いになるのに、二人の絆がどれくらいなものかと
あらためて、考えると分からなくなってしまいました・・・・。

でも、私の家族は帰る場所はここしかないから・・・。
これから、時にはケンカをしてでも家族の絆を深めていきたい・・・。

何となく、華やいでウキウキしていたクリスマスも、もう終りですね。
サンタさんは、もうフィンランドに帰ったのでしょうか??
また、来年も来て下さいね。

「祭りのあとの静けさ?」何だか、今もの悲しいです。
街に飾られていたクリスマスツリーもそろそろ撤去され、明日には、お正月の飾りになるんですね。
私、昔12月25日から26日に日付が変わる頃、街を歩いていたら、
さっさとクリスマスツリーが撤去されるのを見て、何だかすごく寂しかった気になりました(´Д⊂グスン

さようなら2005年のXmas。きっと、来年も家族でXmasを過ごせますように!!
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明日から仕事だ・・・_| ̄|○

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2005年11月27日 (日)

食いしん坊はだあれ??

昨日の土曜日。
家族で、ちょっとドライブ。(だって、ドライブ以外に行くところがないんだもんウワァァァンヽ(`Д´)ノ)

帰りにショッピングセンターでお買い物をしたら、無性にその中に入っている「ミスタードーナツ」に目がいってしまった。

「5個、お持ち帰り♪」
さすがに、今度は「店内でお召し上がりですか?」とは聞かれなかった(;・∀・)

家に帰ると、ちょうど、お昼寝タイム。
平日、お仕事をしている私にとって、この休みのお昼寝が何物にも変えがたい貴重な時間なのです。
息子と並んで、お昼寝しました。

起きてみて、「そうだ、ドーナツ買ったんだった。」と思ってみると・・・。
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3個・・・・( ゚Д゚)ポカーン

確かに、私は5個買ったのに・・・。

犯人はこの中にいるっっっ!!!

てか、起きてたの一人だし・・・。

「ドーナツ食べた??」
食べ物の事になると、必死になる食いしん坊pingu。
思わず、敏腕刑事のごとく、主人に詰問した。

「うん。」
被疑者は、あっさりと自白しました(;・∀・)

でも、「2個もっっっ!!!」
この、食いしん坊!!

あっ、でも主人の事は責められないpingu。(´Д`;)

実は・・・ここ最近、本当にチョコレートとかドーナツとか仕事帰りに食べたくなって、
仕事帰り、保育園に息子のお迎えに行く前に例のショッピングセンターで買い物をしていると、
案の定、「ミスタードーナツ」が食べたくなり、買っちゃうのです。

6個・・・・(´Д`υ)
そして、実はコッソリと車の中で一個食べちゃうのです(;・∀・)

んで、家に帰ったら、「ドーナツ、買って来た・・・5個」
ゴメンなさい!!!

いや、決して毎日じゃないですよ。月に何回かですよ・・・(゚Д゚;)

食いしん坊は主人より私かも(´・ω・`)

でも、息子もご飯は「おなかいっぱい。ごちそう様♪」と言った舌の根も乾かないうちに

「で、デザートは??」と言います。(;・∀・)

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お友達のブログでダイエット宣言した私・・・。これじゃ・・・ヤバいよね( ; ゚Д゚)

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2005年11月 3日 (木)

嫌いだった町

ブログマダムのpinguです。
皆様は、「文化の日」いかがお過ごしでしたか?

私は、一日中ブログ三昧・・・んな訳ない!!
家族3人で楽しいひとときを過ごしました。

ただ、私が今、住んでいる町は、とっても田舎です。
子どもが喜びそうなテーマパークもないし、そもそも娯楽施設なんてほとんどないです。・゚・(ノД`)
そんな田舎の町が、引っ越してきた当初は大嫌いでした(´Д`;)

pingu一家が、今の町に引っ越してきたのは一年半前。pingu夫婦の仕事の転勤です。
友達も頼れる親戚も誰一人いない町。しかも、何にもない田舎。
引っ越してきたその日、私は息子が目の前にいるにもかかわらず、本当に泣きました。・゚・(ノД`)
「こんなところで3年も暮らせない!!」
(注:一応、転勤先での赴任は3年間ということになっています)

去年の職場は、今よりも遥かにストレスでした。
職場に女性職員が私しかいない!!!(((( ;゚д゚)))
(今年の4月から部署が変わって、少しはマシになりましたが(;・∀・))

とにかく、去年は今、住んでいるところが嫌いでした。
でも、住めば都??だんだんと、「どうせ住むのなら、ここの嫌なところばっかり見ないで、いい面にも目を向けよう」と思うようになりました。
例えば、ここは何にもないけど、海がとってもキレイです。050913_14010002

自然がまだまだ、たくさんあります。
そんな風に考えるうちに、いつのまにか、この町を嫌いではなくなりました。

ちなみに、今日もpingu一家はドライブして、海を見に行きました。
湿地帯(?)みたいなところに蟹さんがたくさんいました。
051103_14410001
沼だらけで、蟹さん見えない・・・(´Д`;)

でも、息子はパパと一緒に一生懸命に蟹さんを探していました。051103_14390001


息子は、蟹さんを見て言いました。
「パパ、ママ!!かにさんがバンザイしているよヽ(´ー`)ノ」
きっと、蟹がはさみをチョキチョキしている様子がバンザイに見えたんでしょう。
私は、息子のこんな感性が大好き。
田舎に住んでいるからこそ、培われたものかも知れませんね。

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2005年11月 1日 (火)

パパはメダリスト!!

私はスポーツは苦手です。(運動オンチなので(´Д`;))
主人もスポーツは、あまりしない人だけど、

突然、地元でのマラソン大会に出るというのです。
「ま、ま、マラソン?!」・・・・10キロマラソンの事でした(´Д`;)

でも、10キロでも運動不足の人にはキツイですよね・・・・。
実は、うちの主人は、ちょっと人より、大きいです。横幅が・・・・(;・∀・)
そのことも気にしてかな?

沿道で応援・・・・・しませんでした(;・∀・)・・・・小雨も降っていたので、子どもがまた風邪をひくといけないので・・。
でも、ゴールが終わって、車で迎えに行きました。
(ゴールした瞬間は見逃しました・・・_| ̄|○)

10キロ、ちゃぁーーんと完走しましたよ。
あっぱれ、我がおっと!!
これが、完走者のメダルでーす。
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昨日、家族でテレビを見ていると、ローカルニュースでこの話題をとりあげていました。
息子と、「パパが映ったら、いいねーー(*^_^*)」と冗談で話をしていると・・・・


本当に主人が、テレビの画面にうつっているぅぅぅ((((゚Д゚)))!!
これには、常日頃から冷静沈着な夫もかなーり、びっくりして、取り乱していました(;・∀・)
しかも、感動のゴールシーン!!

しかし、あまりにも急だったもんで、ビデオの準備もしていませんでした_| ̄|○


その日はローカルニュースをやるたびに、ビデオをセットして、テレビにかじりついていた、
夫を私は決して、見逃しませんでした(*^_^*)

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2005年10月30日 (日)

私の帰る場所

2日ぶりに我が家(アパートだけど(;・∀・))へ帰りました。

早く、息子に会いたくてたまりませんでした(夫は?)

私を見つけるなり、「ママー!!」と駆け寄る息子。何ていとしい・・・。・゚・(ノД`)

その直後の言葉は「ママ、お土産のウルトラマンは??」
私に会いたかったのか?お土産のウルトラマンに会いたかったのか??(´Д`;)
最近、ウルトラマンに興味を持っている息子です。
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ただ、私は怪獣が苦手なので、今までどおり「機関車トーマス」好きでいてほしいなぁ・・。
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本当に息子は愛しい。無条件で自分を愛してくれる存在に初めて出会えた。
この子がいるから、私は生きていける。

この子がいる場所が私の帰る場所。

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夫も無口だけど、こんな私の家族でいてくれる。大切な存在。
(ただ、私が夫に話をすると、息子が焼きもちをやくので、なかなか夫婦の会話が持てない(;・∀・))
心の闇が襲ってきても、負けたくない。負けない。

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2005年10月 9日 (日)

休日は海沿いへドライブ

昨日に引き続き、休日シリーズ第2弾!!
3連休も中日ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか??
(女子アナ風)

私たち、pingu一家は、近場を少しだけドライブして参りました。
本当にここは、田舎だし、テーマパークや動物園みたいに子どもが喜ぶ場所もありません。
ただ、あるのは自然だけ・・・・。
でも、案外、それがいいのかも知れませんね。

息子は、ドライブは大好きです。しかも、最近道路に興味を持ち出しています。
真っ直ぐな道は、「あっ、直線道路!!」
カーブは、「あっ、曲線道路!!」
交差点に差しかかったら、「あっ、交差点!!」
これ、全部、下の写真のトーマス用のレールのおかげです(^_^;)
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将来は、道路を作る人になったりして・・・(^_^;)

お昼ご飯は、海沿いのお店に入りました。
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看板の右端をよく見てください!! 営業時間の夕方のところに、
「夕方 6:00~倒れるまで」
ほんとかよっっ( ゚Д゚)ヒョエー。なかなか、遊び心のある店長のようで・・・(^_^;)

お食事の後、海を見ながら・・・
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風がもう、秋のにおいです。

明日で、連休も終わりだぁー。・゚・(ノД`)ヽ
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2005年9月13日 (火)

両親との再会

昨日(9月12日)の記事で久しぶりに両親と会うこと、
そして、母の精神的な病気、母との確執について書きました。
たくさんの方から温かいコメントをいただきました。
本当にありがとうございました。

昨日、今日と息子と共に両親に会いました。
我が家は6畳ふたまの狭いアパートなので、両親にはホテルをとりました。
(私と息子は昨日は両親と共にホテルに泊まりました)
息子にとっては、約1年ぶりに会う「おじいちゃん、おばあちゃん」
息子は再会をとても無邪気に喜んでいました。
両親にとっても、1年ぶりに会う孫との再会はとても嬉しかったようです。
去年と比べて、息子が心身共にすごく成長したと両親はとても喜んでいました。

私と両親だけだったら、またどこか「ぎくしゃく」したかも知れません。
でも、息子が橋渡しのような存在となり、終始穏やかに過ごせました。

ただ、「はっ!( ; ゚Д゚)」としたこともありました。
父も母も息子にお土産を買ってくれたのですが、母が買った息子へのお土産が・・・

すでに息子が持っている「トーマスの絵本」だったのです      (((( ;゜Д゜)))
内心、私はドキドキしていましたが、息子は最後まで
「これ、もう持っているよ」とは言いませんでした三 (lll´ⅴ`)
おばあちゃんに気をつかって言わなかったのかは定かではありませんが、案外、5歳にしては気がきく子なので、
(私って親バカ(^_^;))

母の言動は相変わらずでしたが、私も久しぶりの再会に水を差したくなかったので、
少し我慢をした場面もありました。
母に「おまえ、やっと親孝行したね」と皮肉まじりに言われた時は、
何とも言えない気持ちにもなりましたが・・・。・゚・(ノД`)

でも、両親が息子と会って、本当にお互いに楽しそうにしていたので、
結果的にはみんな幸せなひとときを過ごせたと思います。

近くの観光地の海にてojityan050913_16010001
おじいちゃんとたわむれる我が息子。sora050913_14450001

とてもいい天気でした。
どんなに過去に確執があっても私たちは家族・・・。
血のつながった家族故に傷つけあうこともあるけど、お互いの心にお互いを思う愛情がある限り、
過去のトラウマも乗り越えて行きたい・・・。
まだ、受け入れられない部分もあるけど、自然の摂理では親は子より先に逝く。
その時に後悔しないようにしたい・・・。

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2005年9月11日 (日)

両親との距離

時計の針はもう午前3時なのに、まだ眠れない私・・・。
実は、少し気がかりな事があるのだ。

9月12日(月)から2泊3日に遠方に住んでいる私の両親が訪ねに来るのだ。
普通なら実の両親ならば、久しぶりの再会を心から喜ぶのが普通だろう。
でも、私の場合は普通と少し違う。
(詳しくは8月13日のアダルトチルドレンの記事を読んで見て下さい)
私は物心ついた時から、両親にとって「いい子」を演じていた。
特に母は精神的に不安定だったから、子どもなりに母にはかなり気を使った。
でも、些細なことで母を怒らせ、いつしか、母の顔色ばかり伺う様になってしまった。
大人になった今でも、それはトラウマとして、私の心の奥底に残っている。

親は大切にしないといけない。それは痛いほど分かっている。
特に私は一人娘だし・・・。
でも、両親といると胸がいまだに苦しくなるのだ・・・。

昔のわだかまりを捨てて、両親と会おう。
もう、何日も前からそう思っているのだけど、どこか自然じゃない。
私、どこか無理してる・・・。
こんなことじゃダメだ!! 親との久しぶりの再会を心から喜ぶのだ。
もう一人の私が叫んでいる・・・。

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2005年9月 4日 (日)

久しぶりのランチ

今日のお昼。
久しぶりに外食した。
家族3人で車を走らせて、一度行った事のある
レストランへGO!
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お洒落な天井。

息子は食前にジュース。mangojyusu050904_14210001

しかし、水を飲むコップをこぼした上に、割ってしまった・・・トホホ(-_-;)
気をとり直して、ママは、なすとトマトのスパゲテイ
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おなかいっぱい。さあ帰ろう・・・とその時・・・。
「トイレっっっ!!!」
危機一髪でした(^_^;)

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2005年8月31日 (水)

主人について

今回は少しだけ主人の事を書きたいと思います。(身元がばれない程度に・・・)
主人は、とても物静かで落ち着いて、おっとりした人です。
(おっとりした人じゃないと、結婚できなかったはず)
あまり、感情を表に出さないので、何を考えているのか時々分からなくなります。

私は、他人とのコミュニケーションが苦手な面があるので、
結婚という形で他人と同居するのは、ちょっと困難な部分もありました。
それでも、私は結婚を選びました。新しい家族が欲しかったから。
そして、息子が生まれました。

結婚して5年になるけど(もうすぐ6年目)、いまだに主人に気をつかう時があります。
結婚して、一緒に生活すると、付き合っている時は分からない面がどんどん出てきました。
結婚って一体何か、5年以上経ってもまだよく分かりません。
これから、時間をかけて分かればいいかな・・と思っています。

最近、主人の仕事が忙しくなってきました。
お人よしの主人は、他の人の分も仕事を引き受けてしまうのです。
疲れている主人を観ていると、「この人ってあまり、ストレスとかを表に出さない分、余計に大丈夫かな」って
思ってしまいました。
いつも、忙しく仕事をしている主人・・・。
身体を壊さないといいけど・・・。

これからも、お互いに思いやりの気持ちを持てたら・・・と思います。
(言葉でいうのは、簡単だけどね。これがなかなか難しい・・・(^_^;))

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2005年8月26日 (金)

主人とブログ

昨日の夜、家のPCで自分のブログを見ていると、
息子が横から
にゃんた(ブログペットのこと)見せてえ♪」と言ってきた。
息子は1ヶ月前に家にやってきたPCに興味津々で、
HP(ホームページ)という言葉も理解した。

私のブログを見て
「これはママのホームページなの?」と聞くので、
私は「うん、そうだよ。にゃんたとかエミリー(メロちゃんのこと)かわいいでしょ?」と
私と息子のやりとりがあった。ブログとか言ったら、5歳児は混乱しそうなので、
ホームページということにした。

その後、息子がこう言った。

「パパにママのホームページ教えてもいい??」

突然、そう言われて、私はびっくりした。
主人は、私がブログをしていることは知っているが、
「見せて」とか言ってこないので、まだ私は主人に見せていない。
いや、隠しているとか、見せたくないわけじゃないけど、
いつかは、見せるつもりで記事を書いているけど、
(その私の葛藤は8月5日(金)に記事にしています)
今、見せるのは何か、心の準備が出来ていないので、息子に

「今はまだパパには内緒だよ。あとで教えるから」
と言ってしまった・・・・。

夫婦として、これはよくないのかなあ?
でも、心の中をかなりこのブログにさらけだしちゃっているから、
見せるのはちょっと勇気がいる。

夫婦って何でしょう??

今日は金曜日だし♪
夜は家族3人で外食でもしたいなあ(手抜き主婦ですみません  (-_-;))

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2005年8月21日 (日)

我が家にテレビがやってきた!!

過去の記事で、わが家のテレビが壊れたことを何度が記事にしました。
最初は、「パソコンでテレビが見られるから、新しくテレビは買う必要ない」
と主張していた我が夫でしたが、趣味の違う家族3人、一台のパソコンで、
テレビ、ビデオ、DVD鑑賞、インターネットをするのは、さすがに皆、ストレスが溜まったようで
今日、近所の大型電器店(うちは田舎なので、大型電器店はその一箇所のみ・・・・)へ家族でGO!!

実は私、大型電器店に行くと必ずすることがあるんです。それは・・・・

「マッサージチェアーに座ること!!」
まるでおばさん丸出しですが、肩こり、腰痛のヒドイ私はあのマッサージチェアーのもみもみが、もうね、

極楽にいる気分なんですよ(^_^;)
でも、今回の目的はあくまでテレビ
一般庶民の我が家族は、1ヶ月前にパソコンを買ったばかりなので、今、話題の
「液晶プラズマテレビ♪」なんで、高級なテレビに手が届くはずもなく、
ごく、普通の25型テレビを購入!!

今日の夕方に配達してもらうことになりました。

楽しみに家に帰って、ニューテレビの到着を待つ我が家族(*^_^*)

しかし、夕方5時を過ぎても一向に来ない・・・(゜o゜)
痺れを切らした主人が、お店に電話すると、「今、向かっています」とのこと。

おいおい、もう午後7時なんですけど(-_-;)。ここは、午後7時を夕方と言うのかい??

でも、無事にテレビ到着♪

ごく、普通のテレビですが、これで家族3人でパソコンの奪い合いをしなくてもいいかな?と
うれしくなる私。

いつもは、日曜日の夜は「サザエさん」の前から憂鬱になる私ですが、
今夜は、新しいテレビ効果か、まだ鬱にならずにすむ私であった。sintv050821_19490001
これが、今日わが家に届いたばかりのテレビです。

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2005年8月15日 (月)

主人の笑顔

今日は嫌いな月曜日だし、昨日からお腹の具合も良くないし・・・・ということで、仕事もはかどらず鬱になっていた私。

定時にソッコーで家に帰った。
しばらくすると、夫の帰宅。
いつも、疲れた顔で無口な夫が今日は珍しくニコニコしている。
彼の笑顔を見て、私まで少し元気になった。

ささやかだけど、きっとこういうのが「幸せ」というのだろう。

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2005年8月13日 (土)

お母さん

先ほどの記事で「AC」のことについて書いた。

私は子どもの頃から実家の母親とは、難しい関係だった。
一人娘の私に母は、人生の全てを注ぎ込むほどの愛情を与えてくれた。
ただ、この愛情は私には重たかった。
思春期になって、だんだん母の愛情が重く感じた私に、母は
「ママはこんなにお前を愛しているのに、どうしていうことを聞いてくれないの?」とばかり言った。
私もそう言われると、自分は親不孝だなと自責の念にかられながらも、母の愛情は更に重荷に感じた。

大学生になって、一人暮らしを始めると、母親から解放された気がした。
でも、電話で少しでも、私の声がそっけないと、また母はヒステリーになった。
「こんなに愛しているママにこんなに冷たいお前は極悪人だ!!」とも言われた。
そう言われると、自分は本当に極悪人なのかも知れないと、苦しくて仕方なかった。

でも、私の結婚が決まった時、母はとても喜んでくれた。
私が妊娠して、子どもが産まれると、とても喜んでくれた。
母は、本当に娘の私を愛してくれていた。そして、今も・・・・・

今も、母と私は別々に暮らしており、程ほどの距離を保っている。
8月のお盆休みは、諸事情で会えないけど、その代わりに来月の9月に久しぶりに会う。
今日、久しぶりに母と電話した。tel

「子どもの頃からいろいろあったけど、私もママが大好きだよ」

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2005年8月11日 (木)

3日ぶりの家族団らん

3日ぶりに主人が出張から帰ってきた。

私は仕事をいつものように定時で終え、子どもを保育園から迎えて、更に主人を迎えに空港まで
車で向かった。
3日ぶりに会う主人は出張疲れてクタクタのようだった。(同期の飲み会も合って、疲れはそのせいもあるようだが)
子どもは3日ぶりのパパとの再会に大喜び。
「パパ、あのね・・・」とこの3日にあった出来事を帰りの車の中でずっと話し続けていた。

3日ぶりの家族3人での食事。
8月9日の子どもの5歳のお誕生日には、パパがいなかったので、パパが出張先からケーキを買ってきて、
もう一度、「HAPPY BIRTHDAY」をした。
この前の誕生日は、クリームたっぷりのチョコレートケーキだったので、
今度は「チーズケーキ」。これがまた、格別に美味しい!!
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でも、主人は疲れのせいか、子どもとの会話も早々と切り上げ、もう眠ってしまった。
今、パソコンのキーボードをたたいている私をどう思っているんだろうか???

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