家族ってなに?
私の心の中から離れない事件がある。
東京で起きた、兄が妹を殺した事件だ。
あまりに悲惨な事件の為、一日も早く私も忘れたいと思っていたのだけれど、
先日、この兄妹の両親が手記を発表した。
「両親が手記 兄妹の「不仲」報道否定」
(毎日新聞記事より)
私はこれを読んで、すごく違和感を感じた。
まず、自分のかけがえのない子どもが被害者であり、加害者であるこの事件。
もし私が親の立場だったら、事件発覚からまだ1ヶ月も経っていないのに、
とても手記なんて、発表出来る心境になどならないと思う。
あと、手記の内容。
加害者である兄を「優しい」と擁護し、
被害者として亡くなった妹の事を
「他を顧みない自由奔放な性格」と
その人格を肯定しているとは思えない発言。
今、この世に生きている子どもを庇うのは当然なのだろうか?
確かに殺人という重罪を犯しても、
親にしてみれば可愛い我が子には変わりないだろう。
では、殺された妹は?
同じ子どもでしょ?
この手記を読む限りでは、
この両親が妹の事を認めていたように取れないのは私だけ?
あまりに亡くなった妹さんが気の毒になった。
確かに、この家族の中では我がままな存在とうつったのかもしれない。
親にとって、「いい子」だった兄たちと比較したら、
妹さんは、奔放すぎて手を焼いていたのかもしれない。
でも、同じ子どもなのに、どうして認めてやれなかったのだろう?
そんな、「トラブルメーカー」だったと言わんばかりの表現・・・。
そして、
「あの時、妹が謝ってくれさえいれば・・・。」
というくだり。
まるで、妹に一方的に非があったようなニュアンスにとられてならない。
この妹さんは果たして
家の中に自分の居場所があったのだろうか?
そして、一番気になるのが、
このような事件を自分の子どもが起こせば、
親は痛烈に今まで自分たちがしてきたことを悔やむのではないだろうか?
「私たちは親として、間違っていた。」
と。
それが感じられないのは私だけだろうか?
手記で感じられないだけで、実際はご両親は、
とても苦しい思いをしているとは推測しますが。
この家族の事をマスコミ報道以外に全く知らない赤の他人の私が
言える事ではないのは十分、承知している。
だけど、色々と思わずにはいられないのだ。
親が子どもの人格を認めてあげないと
誰が認めてあげるんだろう?
親にとって、言う事を聞く「いい子」じゃないと
子どもの人格を否定する。
そういう親も少なからず存在する。
私の親もそうだったから。
もちろん、子どもが道をそれたら、
それを正しい方向へ導くのが親の努めだけど、
子どもの育て方の難しさを改めて感じた。
私も一児の親。
ミスチルの歌の歌詞じゃないけれど、
王子がこれから先、
被害者にも加害者にもならないことを思わずにはいられない。
いえ、うちの王子だけでなく、どの子も
もうこれ以上、被害者にも加害者にもならないで。
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