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仕事

2009年4月22日 (水)

もうひとりのお母さんからの電話

私がまだ病気になる前のことで、
仕事も退職時の部署よりも前の部署での事ですが、
当時の仕事の上司がとても「いい人」でした。

「いい人」という言葉では言い尽くせないくらい。
仕事以外の事でも、親身になってくれて、
実の母以上に
「お母さん」の様な存在の人でした。

その上司の元で仕事をしていた時は、
私が仕事していた中で一番充実した時でした。

その上司だけでなく、
先輩、後輩にも恵まれて、
「対人恐怖症」な私も
その時は、その症状も途中で消えて、
元気で仕事が出来たのです。

だから、転勤して仕事内容や
職場の人間関係が変わった時の
ギャップ
が大き過ぎたのかも知れません・・・。


その上司は、私がその後病気になった時も、
本当に心配して、そして励まして下さいました。

「退職」の事について、
私は、本当に信頼している
ごくわずかな人にしか相談しなかったのですが、
その元上司には、言葉では上手く言えなかったので、
手紙を出しました。
元上司は、最初はビックリした様でしたが、
後日、電話でとても温かい言葉を下さいました。

その「元上司」から今日電話がありました。
内容は、
「来月、当時の課のメンバーと食事をするのだけど、
pinguさんも是非、ご一緒にと思って連絡しました。」
とのこと。

「元上司」には、とってもお会いしたい。
この人とは、仕事の繋がり以上のものがあるから。

でも正直なところ、他のメンバー(当時の先輩、後輩)と
会う事が、とても複雑なのです。

本当はとても会いたい。
でも、会いたくない・・・。
会うのがつらいし、こわい。
あの時の「元気に仕事をしていた私」は、
もういないから・・・。

今の私は、仕事も辞めて、
病気の症状とその薬の副作用で、
外見は浮腫んでるし、
良くなっているとはいえ、まだニキビもあるし、
内面はだるさがヒドくて、ぼーっとしているし、

何より、これからの自分の生き方についての
考えが定まっていなくて、

「退職」の決断についての後悔はないけれど、
バリバリ仕事を頑張っている皆さんに会う事に
色々と自分でも表現出来ないくらい
複雑な思いを抱いているのです・・・。

私が「バリバリ仕事を頑張っている」と
羨望の思いで見ている人たちだって、
本当はきっと、ストレスたくさん抱えて
それでも、生活の為に
無理して仕事をしているのかも知れないけれど・・・。

今の私、
心の中で、いろんな
「矛盾」や「葛藤」を抱えて
正直、混乱しています・・・。

過去を振り返っても意味ないって分かっているけれど、
あのときの私は仕事も楽しかったし、
元気だったし、充実してた。
一生、大事にしておきたい思い出です。

「元上司」からの電話が終わった後、
気がついたら、私の目から涙が止まりませんでした・・・。

2009年3月31日 (火)

3月31日

今日、3月31日付けで
私は今の職場を正式に退職します。

学校を卒業してすぐに就職して約15年。
もともとメンタル面が弱い私は、
新人の時から、「うつ症状」が出てきました。
それでも、生活のため、
(その時は、独身で一人暮らしだったし。)
そして、自分自身の存在証明のため、
「うつ」
「自分自身に対する自信のなさ」
闘いながら、何百回と
「仕事辞めたい」と思いながらも、
約15年、今の仕事を続けて来ました。

でも、一昨年の年末に「がん」に罹ったことをきっかけに
「うつ症状」の悪化。
そして、難病である
「特発性血小板減少性紫斑病」の発病。

最初は3ヶ月の休職のつもりが、半年に延び、
半年経っても、心身の健康はなかなか回復せず、
最終的に「退職」を決断しました。

「退職」を決断するまで、
そして、決断してもなお、
「私の決断は、正しかったのだろうか?」
「こんな不況の時に職を手放すなんて、
なんて無謀なんだろうか?」

「後で後悔しないだろうか?」
など、いろんな葛藤があり、
それこそ、3月になってからは、
毎晩のように、
「夢にうなされる」
状態にまでなってしまいました・・・。

新人の時に苦労した仕事の夢だったり、
仕事を辞める私に対して、
誰かが私を責める夢だったり・・・。

でも、もしも、今の状態で「復職」は、
「絶対無理」とまではいかないにせよ、
まだまだ無理だと「心療内科」の主治医も
家族も私自身も
まだ無理だろうと簡単に予測した・・・。

だから・・・。

でも、職を辞すことについて、
本当に複雑過ぎる思いで頭がいっぱいです。

「病気療養のためなんだし、
専業主婦で子育てに専念する生き方だって、
十分尊い生き方だ。」

と分かっていても、

「まだ私は、十分働ける歳だし、
この病気で働いてる人もたくさんいるのに、
私は、自分を甘やかしているのかな?」

という思いを捨てようとしても、
まだ捨て切れなかったり・・・。

「自分に厳しく生きること」
だけが美徳と信じていた時があった。
(その割りには、だらしない人間だけど(汗))

「どんなストレスがあっても、
頑張らないとダメだ。」

とずっと思っていた。

それは、私が自分に厳しい訳ではなく、
単に

「生き方が下手」
なだけなんだ。

これからは、ゆるく、のんびり
自分の心と身体を労わりながら、
王子とゆっくり向き合って
生きていきます。

このブログ開設は約3年半前で、
当初は、ブログタイトルも
「悩めるワーキングマザーのDiary」
と正に「ワーキングマザー」だった私でしたが、

本日を持って、正式に
「ワーキングマザー」から卒業します。

約15年の仕事は辛い事も多かったけれど、
得るものもとても多かった。
この15年仕事を通して、
試行錯誤しながらも、成長できた・・・
と思います。

今の仕事は退職するけれど、
これで一生、仕事しない訳じゃないし、
私の心身の状態が回復して、
景気も良くなったら、
パートでいいから、別の仕事にチャレンジしてみようかな?
とも思います。

まぁ、とりあえず、今はしばらく
のんびり、マッタリ生きていきます。

のんびり、マッタリな生き方でも
いいんだよね?

2009年1月19日 (月)

書類

何回か前の記事で、
遂に休職している今の職場に
年度末をもって、
「退職」したい
という意向を
トップに伝えたと書きました。

その後、人事担当の職員から、
「退職届」等の書類を受け取り、
提出して欲しい旨指示がありました。

今日、その「退職届」なる書類を
書きました。
生まれて初めて書く書類です。
大学新卒ですぐ今の職場に入って15年。
転職も今までしたことがありませんでした。

本当に考え、考え抜いて、
悩んで、悩み抜いて出した結論のはずだけど、
いざ、「退職届」を書くとなると、
15年間の色んな思いが胸をよぎりました。

まだ新人だった20代前半。
いきなり、きつい仕事の担当になり、
毎日、日記に
「仕事やめたいっ!」
って書きながらも
何とかその仕事を異動まで続けてこられたこと。
きっと、あの時は若かったから
気力と体力が続いたんだろうな・・・。

その後、残業が続く忙しい部署にいた時に
結婚して、王子を妊娠したと分かった時、
「今の業務、こんなに忙しいのに、
仕事と育児の両立なんて出来ないっ!
もう仕事辞めて育児に専念したい!」

と毎日思いながらも、
育児休暇を取得したので、だんなさんや周りから
「一度、復帰して両立が無理だったら
その時に辞めればいいよ。」

と説得され、何とか非常に中途半端ながらも
何とか、仕事と育児を両立させてきました。

7年くらいワーキングマザーを続けてきたけど、
いっつも、毎日がいっぱいいっぱいで、
「いつまで、こんな生活続けられるんだろう?」
って不安に思っていた。
(このブログを始めたのも、まさにそんな頃)

そしたら、2007年の暮れに
「がん」が発覚。

一回目の手術の後、
一度は職場復帰したけれど、
二度目の「がん手術」。
そして、鬱の悪化。
さらには、
「特発性血小板減少性紫斑病」発病。
薬の副作用もあり、
休職したけれど、心身の回復はまだ遠く、
まだ、休職期間は残っているけれど、
自分自身の気持ち、家族とも話し合って、
区切りがいい年度末の3月31日付けで
退職する道を選びました。

勤続15年・・・。
それが書類一枚で終わるんだな・・・。
と、なんとも言えない気持ちになった。
自分で決めたことなのにね・・・。

でも何のとりえも特技もない私だけど、
今の職場で社会と繋がっていることで、
自分の存在を確かめていたところがあった。
今まで、「無職」になったことのない私が
(だんなさんの扶養に入るとはいえ)
「無職」になることに対しての
不安だってないと言ったら嘘になる。

もちろん、「退職」してすぐに「転職」しなかったら、
必然的に「無職」になるし、
そのことに対する不安も色々考えて、
それでも、この結論に達したのだから・・・。

きっと優柔不断な私のことだから、
「復職」したら、また仕事のストレスで心身を病んで
「やっぱり退職すればよかった」
って絶対に思いそうだし、
どっちの道を選んでも、
「100%これでよかった!」
と納得するのは難しいだろう。

私が最終的に、この決断をしたのは、
やはり、「がん」という死を意識する病に
罹ったのが大きい。

もしも、「再発」して、
余命が僅か・・・と言われたら、
どうしたいか、そう考えて、
育児とフルタイムの仕事の両立は、
今の自分には困難。

王子と過ごす時間をもっと増やしたい。など
自分の意思に忠実に生きたい
そう思ったから。

いろんな思いで頭がどうにかなりそうになりながら、
「退職届」を提出した。
まだ、書類は人事担当者が持っているし、
最終的な受理及び承認はまだだけど、

提出後は、魂が抜けたようになって、
帰り道、何にもない平坦な道で、
思いっきり転んでしまった・・・
_| ̄|○

転んで出血したら「ITP」という病気の私には一大事だけど、
出血は大丈夫だった・・・。
ただ、「プレドニン」の副作用で骨がすごく脆くなっているので、
骨がどうにかなっていないか、ちょっと心配(;´Д`)

2009年1月14日 (水)

意向

昨日の日記に、
休職期間が切れる今年度末(3月末)以降について、

「退職」したいという意向
休職先の職場のトップに伝えに行きます」と書きました。

で、今日の午前中。

久しぶりに職場に行きました。

係分の菓子折りもって(;´Д`A

すっごく緊張したし、怖かった・・・。
安定剤も多めに飲んでしまった(;;;´Д`)ゝ

今思うと、職場に行くのに、
どうしてこんなに「病的」に
怖がるのか?緊張するのか?
と自分でも呆れるけど・・・。

やっぱり「社会不安障害」の疑いがあるからかな?
(今通っている、心療内科のカウンセラーから、
私には「社会不安障害」の疑いがあるって
言われています・・・。)

で、すぐにトップと面談して、
今の病状を説明。

そして、核心の
今後、どうするか?という
ことについて、
ハッキリと
「休職中の間も心身の状態が
なかなか回復しないので、
思い切って、3月末をもって、
退職して療養に専念したいと思います。」

と伝えた。

トップの人は、
「本当によく考えて決めたことなんだね?!」
と、何度も私のこの意思を繰り返し確認してた。

きっとトップの人は、この「退職」が職場が強制したものではなく、
私自身の意思によるものということをご自身でも
ハッキリさせたいと思ったのかも知れません。
(休職期間がまだあるのに、本人の意思に反して、
職場が解雇したら、労基法とか色々引っかかるし・・・。)

職場の人には、課長、庶務の職員はじめ、
皆さんから本当によくして頂きました。
仕事に行くことは辛かったし、ストレスも凄かったけれど、
私の人生において、決して無駄な事はひとつもなかったと
心から思っています。

皆さんとまた、一緒に仕事をしたい・・・。
と思う気持ちも全くないわけではありません。

でも、今日、久しぶりに職場に行っても、
相変わらず職場は慌しく、忙しそうで、
その中で、私が一緒に仕事をするということは、
今の私の心身の状態では
「まだ無理だ・・・。」
とも思い知らされました・・・。

今日は、私の意思確認だけで、
「退職届」の提出とか、その他諸々の処理は、
おって、連絡しますとの事。

就職して15年勤務だった・・・。
(何度も異動があったけど・・・。)
あと、10年は頑張って働けるかな?と思っていたけれど、
今のこの時期が、一番いい辞め時なのかも知れない・・・。

家のこと、王子のことに加えて、
仕事のこと、そして、思いがけない自身の病気のこと。
全部、抱えるのはキャパの小さい私には
荷が重過ぎた・・・。

今はトップの人や課長に、気持ちを正直に伝えられたので、
すっきりした気持ちです。

でも、人生の大きな決断の意思表示をしたことで、
ちょっと複雑な気持ちもどこかにあるかな・・・。

だけど、今の「正職員」の職は失っても、
いつか、私自身の病気も良くなって、
景気も回復したら、パートとかまた別の道もあるし、
人生はまだまだこれからなんだよね?!

2009年1月13日 (火)

迫り来る決断の時

最近、血小板の減少、
ステロイド剤の副作用のだるさだけじゃなく、
風邪もひいてしまったpinguです。

今日一日、だるくて眠っていると、
昼間、電話がなった。

電話は休職先の職場の課長だった。

それで、一気に目が覚めた私・・・。

課長の用件は、
「職場のトップが、現在休職中であるpinguさんが
今後、(新年度の4月以降)どのように考えているのか
早めに意見を聞きたいので、2,3日中には
pinguさんと面接したい。」

と言っているとのこと。

課長も「急でごめんね。」
とおっしゃっていましたが・・・。

出来れば一日も早く・・・と言われたので、
明日、トップの人と面接することになりました・・・。

これからのこと・・・。
今までの経緯。
まず、去年、がんの手術の為に
3月の中旬から病気休暇。
最初は1ヶ月で仕事復帰するはずだったのが、
子宮と卵巣の全摘手術後は、
「鬱」が酷くなり、
カウンセラーの先生から、
「とても今の精神状態では、仕事復帰は無理。」と言われ、
3ヶ月の病気休暇。

そして、病気休暇の期限が切れる7月1日から仕事復帰しようと
とても不安ながらも、復帰の準備をしていたら、
今までにない身体の青あざとか、倦怠感を感じて、
大学病院を受診すると、
「特発性血小板減少性紫斑病」
の疑いで、緊急入院。
7月1日からの仕事復帰どころではなく、
原因不明の難病ということもあって、
正式に仕事を休職した。

ただ、「特発性血小板減少性紫斑病」
でも、働いている人はいるんだけど、
私の場合は、「鬱」も併発しているので・・・。


で、今の私の心身の状態。
「特発性血小板減少性紫斑病」の治療で
「ステロイド剤」を服用するようになってから、
鬱、無気力、だるさ、不眠が顕著になっている。

(もともとのうつ+薬の副作用が原因と思う)
記憶力も恐ろしいくらい低下している。

これは、ステロイド剤の副作用かどうか分からないけれど、
副作用で「記憶力が低下する」人もいるらしい・・・。

そして、先週の金曜日に大学病院の診察を受けたら、
血小板が「2,3万」とかなり下がっていた・・・。

血小板「2,3万」って、見た目は元気な人と変わらないけれど、
血小板が3万切ったら、出血や内出血を起こしやすいし、
あまり、いい状態とは言えない状態・・・。

こんな状態で、4月から仕事復帰出来るとは思えない。

あと、私の職場は今は「長期休職者の復職支援制度」が
今、現在はなく、今年の4月から実験的に行うみたいだけど、
私の性格では、もし、仮に「短時間勤務」が認められても、
(まだ復職しても「短時間勤務」が認められるかも分からない。)

「他の人は残業してまでも仕事しているのに、
私だけ時間より早く帰って申し訳ない。
それに、私が早く帰る分、みんなの負担も増えるし・・・。」
と自分を責める方向に考えそう・・・。


本音を言えば、仕事に行くのが怖いです。
明日、トップに会うために職場に行くと考えただけでも
ドキドキして、安定剤多めに飲んでいるくらい・・・。
「対人恐怖」が酷いんです・・・。
心療内科のカウンセラーの先生からは、
「社会不安障害」
の疑いもあるとも言われています。

でも、単に私の心が弱いだけなんだけど・・・。

休職もあと少しは延長出来るけれど、
気持ちはもう、「退職」の方向にかなり傾いています。

「まだ休職期間を延長出来るなら、
ギリギリまで休職したらいいのでは?」

という意見もあると思います。

確かに「退職」は最後の切り札だし、
この大不況の中、この歳で、子持ちで病気持ちじゃ、
今の仕事を辞めたら、将来、再就職は厳しいでしょう・・・。

そういったことも休職期間に色々考えたけど、
心身の状態は、一向に回復しているとは言えないので、
大きな決断ですが、
ここは、もう「退職」の意向を
トップに伝えようと思っています・・・。

学校を卒業してから、約15年近く仕事してきました。
でも、心身の病気をきっかけに
つまづいてしまいました・・・。

「退職」は、人生の大きな決断のひとつなので、
すごく悩んだけど、
私はすっごく不器用な人間で、
家庭のことと、子育て、仕事を両立出来るほど
キャパが大きくないんです。
すぐに追い詰められちゃう・・・。

それに私の歳だと、
仕事もこれからどんどん、責任が重くなる。
楽な仕事なんて、どこにもないけれど、
復職したら、また「仕事の重圧」「ストレス」
かかることも予測できる。

仕事によって得るものも大きいけれど、
休職して、家で過ごす時間も私には
決して無駄ではありませんでした。

これを機に、人生の方向転換してもいいかな?
と思っていますが、甘いでしょうか???

家族も「退職」に反対はしていないし。
(だんなさんも「もう辞めていいんじゃない?」
って言っています)

不器用な私は、
今は家にいて、王子の成長をゆっくり見守りながら
ゆっくり生きて生きたい・・・。

2008年7月24日 (木)

はたらくということ

先日、職場のトップと面談して、
正式に休職が延長になったpinguです。
その影響なのか、
なんか最近、肩におもーくのしかかっていた
得体の知れない重いものがとれた・・・

そんな気分です・・・(;・∀・)

そんなにも、
私は仕事に対してストレスを感じていたのか!

と改めて実感した次第・・・(;・∀・)

でも、本当に私の心だけじゃなく、身体までもが
仕事に対して強烈な拒否反応を示しているみたい。

まず、「がん」の手術後、4月に職場復帰しようとしたとき
その数日前から、ものすごく「うつ」が酷くなって、
自分でもこのままじゃヤバイ!とカウンセリングを受けると、

「貴方、本当に今の状態で 来週から仕事に復帰できると思いますか?
私が貴方の話を聞いたり貴方の表情を見ている限り、
今、復職したら貴方が潰されそうな気がしてなりません。
3ヶ月程お仕事を休まれることを強く勧めます。」
と言われて、お仕事をそのまま休んで・・・

そのタイムリミットが切れる7月1日の直前になって、
手足に多数の皮下出血(紫斑)が気になり、
大学病院を受診すると、
血小板が急激に減少していると言われ、
緊急入院になって、
今もその血小板減少は原因不明で経過観察のまま・・・。

本当に私の心と身体が仕事に行く事を
全力で阻止しているようにも思えてしまう・・・。

仕事って一体なんだろう?
自己実現のため?社会に貢献するため?
でも、一番はなんてったって、生活のため。
でも、それらの事と引き換えに仕事には、
大きなストレスがつきもの。
きっと、それが人間を強くさせるんだろうけれど、

私という人間は、
何でも仕事の悩みとか問題をひとりで抱えてしまう。

対人恐怖症の気があり、人間関係の構築が苦手。

責任とかプレッシャーに耐えられない。

仕事で問題が発生すると、自分がやっていなくても、
自分のせいだと思い込んでしまう。

で、本当に自分がミスしたら、本当に立ち直れなくなる・・・。
普通の人より、メチャクチャストレス溜めやすい・・・(涙)

働くのに向いていない人間なのかも・・・(涙)
でも学校を卒業してから、
ずっと安定剤飲みながらも働いてきたから、
仕事を辞めて、だんなさんの扶養に入る事が想像出来ない・・・。
(だんなさんは、私が今後仕事を続けるか辞めるかについては、
「どっちでもいい」というスタンス・・・(汗))

でも、いつまでも休職という訳にもいかないし、
いずれは、復職するか、退職するかの
二者択一を迫られるんだろうけど、

今はこれ以上、考えたくない。
その時期が来たら、考えるようにしたい・・・。

2008年7月23日 (水)

久しぶりの職場

前日の記事でも書いたけど、
今日は、職場のトップとの休職中の面談があったので、
久しぶりに職場に行った・・・。

昨日の夜から、その事を考えては
動悸がしたり、吐き気がしたりと
自律神経乱れまくりだった私・・・。
一体、何が一番不安だったんだろう?

で、今日の朝、いつもより薬を少し多めに飲んで、
職場に向かった。

中に入るときは、本当にドキドキした。

でも上司や同僚は、私に対して、多少
「なんて声を掛けていいのか分からない。」
という顔をしていたものの、
普通に話すことが出来た。

トップの人とも、今の状況を私から説明し、
かかりつけのドクターと産業医の診断書を見て、
「しばらくは、ゆっくりと療養に専念しなさい。」
ということで、正式に休職が延長になった。

ホッとしたのもつかの間、
仕事を頑張っている同僚を見て、

「私、これでいいんだろうか?
私も少し無理すれば、働けるんじゃないだろうか?」

とも思ったけれど、
私の場合、10年以上前の
「少しの無理」がずっと蓄積されて、
今、色んな病気になった気がする・・・。

もう、職場の上司も
「ゆっくり休みなさい」とおっしゃっているのだから、
しばらくは、そのお言葉に甘えようと思う・・・。

ただ、だんなさんの反応が休職に対して、
あまり賛成ではない様子なのが気になる・・・。
でも、私が聞いても、「いや、別に。」としか言わないし・・・。

2008年6月23日 (月)

辞める?辞めない?

7月1日の職場復帰まで、あと1週間・・・。
それを思うと、もう憂鬱を通り越して、
身体すら動かせないくらい・・・。

何がそんなに不安なんだろう?
忙しい時期にこんなに休んで、同僚に合わす顔がない。
長い間仕事から離れて、もう仕事を忘れているんじゃないか。
長い間休んでいて体力気力が落ちていて、
実際に使い物にならないんじゃないか?

考えれば考えるほど、不安要因は出てくる。
じゃあ、考えないようにしよう!
と思っても、考えてしまうのが私の悪い癖というか、
それが私の病気なのだ。。。

夕飯時、本当はご飯も食べたくなかったけれど、
食べないと本当に心だけじゃなく、身体も危ないので、
何とか食べた。
そんな私の様子を見た、だんなさんが一言。
「もう、仕事辞めたら?」

すると、王子も
「そうだよ!辞めちゃえ!辞めちゃえ!
そしたら、ママ、もっと元気になるよ!」

ちょっと泣きそうになった。

でも、「退職」は本当に最後の切り札。
「退職届」はいつでも出せる。

でも、本当に退職してしまったら、
もう私の歳では正職員には戻れない。

もし、だんなさんが途中で倒れたら?
もし、将来、離婚とか全くないとは言えないし・・・。
(夫婦仲も正直ビミョウだし・・・。)

そんな事まで考えてしまうから、
私はいつまでたっても決断がつかない。
自分でも優柔不断過ぎるって
痛いほど分かっているけど。

とりあえず、明後日、主治医ともう一度相談した上で、
決めよう。

そして、復帰してみて、心身共にきつい様だったら、
まだ残っている休職期間を使って、その間に
「辞めるか辞めないか」決めよう。

「うつの時は、人生における大きな決断はしない方がいい」
ってよく言われているし・・・。

2008年6月18日 (水)

上司からの手紙

夕方、ポストを見ると私宛に一通の手紙。
差出人の名前を見ると、
今の職場の上司からだった。

実は私先週、とある書類と一緒に課の職員に充てて、
忙しい時期に長期休暇を取って、
本当に申し訳ない旨の手紙を同封して職場に送っていたのだ。

心臓をドキドキさせながら、開封すると、
中身はその私の手紙に対する返事だった。

返事の内容をかいつまんで書くと、

課の仕事もひと段落していること。
(私のことを、)大病を患った後だから、
まだ身体が本調子でないのは当然だから
職場のことは気にしないでほしいとのこと。
元気になって、お会いしましょう

という内容だった。

すごく、うれしかった。
そして、少し胸が苦しくなった。

上司は、わざわざ職場名が入った封筒を使わず、
無地の封筒を使ったのも、私に対する心遣いだと思うと
なんだか、上司の人柄が分かった気がした。

今、いろんな思いが交差している。

この上司のもとで、早く仕事復帰したいと思えた。

でも、その反面、まだ心身の調子が思わしくなく、
まだ復帰するには完全ではないと自分で思えて。。。

どうしたらいいのか自分でもよく分からないのだ・・・。
自分自身のことなのに・・・。

ひとりで考えてもどうしようもないんだけど・・・。

2008年4月15日 (火)

ロングバケーション

「ロングバケーション」
なんて言葉を使ったら、
一昔前に大流行したキムタク主演のあの名ドラマを思い出しますが、
私の場合、そんなオサレなものじゃあありません。゚(゚´Д`゚)゚。

前にもブログに書いたように、私の「鬱」が酷くなり、
正式に3ヶ月、お仕事を休職する事になりました・・・。

休職を決めるまでに、眠れないほどの葛藤がありました。

今まで、どんなに辛くても十何年も仕事を続けたのに、
ここで休んじゃったら、今まで続けてきたのは何だったの?
とか・・・。

本当は、やればきっと、もっと頑張れるのに、
私はまだまだ甘えているとか、

仕事をしている人々はみんな辛い思いに耐えているのに、
私だけ、情けないとか・・・。

決断するまでに、本当に本当に葛藤し、悩みました。

(あ、これらのことは私個人のみのことです。
他にも病気や事情があって
お仕事をお休みしている人のことでは全くありません!
もし、気を悪くされた方がいたらゴメンナサイっ!!!)

でも、昨日の月曜日に意を決して、
職場に診断書を持って課長と面談しました。

この4月の人事異動で、
課長は隣の課の女性に代わっていました。
でも、理解ある方でよかった。しっかり話を聞いて下さって、
すんなり診断書も受理されました。

「もうしばらくお休みすることになりました。
忙しいのにすみません。」
とだけ挨拶して、菓子折りを皆さんに渡してそそくさと職場を後にしました。

忙しそうに働いている同僚を見るのが辛かったのです。

3ヶ月・・・。お医者さんは、状態が良くならないようだったら、
休職の延長も考えましょうとおっしゃっていたけれど、
3ヶ月で私は十分に働けるようになるんだろうか?

あと、身体のこともあるし、
まだ、少し無理をしたらお腹が痛くなるし、
再発、転移の不安もまだ完全に消えていない。

とにかく、今は余計な事は考えないで、心身ともに
元気になる事を考えよう。

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