3月3日は「雛祭り」
可愛い王子がいるから、本当はもう十分なのに、
デパートとかで見かける「お雛様」を見かけると、
「女の子もほしかったかな?」
「女の子もお家にいたらどうだっただろ?」
とふと思う。
もう、決して叶わない夢だけど・・・。
でも、私は男の子の母親にはなれたけれど、
仮に女の子の母親には、なれただろうか?
女の子を育てたら、きっと自分と自分の母親との事を
嫌でも意識してしまうのではないだろうか?
私の母は、精神障害があると何度か書いた。
そして、これも精神の病の一種だったからなのだろうか?
私が子どもの頃、母は常に私を支配して、
「自分の着せ替え人形」のように
子どもの私を育てた。
私がまだ自我を持たない幼少時ならまだ分かる。
髪型も洋服も全て、母親好みにすることも・・・。
でも、私が自我を持ち始めた小学高学年、中学生になっても
私自身の好きな洋服、私自身の好きな髪型にしたくても、
(私は決して、不良みたいな格好しようとしたわけじゃなかった。)
母親はそれを決して許さなかった。
前髪の長さも、スカートの長さも、靴下の短さも、
学校の校則よりも遥かに厳重に母親に決められていた。
学校の部活も母親の好きなものにしか入れなかった。
ずっと、私は母親の「お人形さん」
でい続けなければいけなかった。
私が「いやだ」と反抗したら、
「おまえは親の言う事を聞かない親不孝者だ。
お母さん、もう死んでやるから。」
ってずっと脅され続けていた。
異常だったのは、運動会で生徒みんなで揃える靴下の長さに
母が気に入らないと言い、
中学校の運動会にさえ、参加させてもらえなかったこと。
娘に対する歪んだ愛情。
それだけじゃなく、精神の病気も酷くなって
母の妄想、強迫観念が強くなり、とうとう私が中2になったとき
母は私を育てられなくなり、私はそれから親戚に家に預けられた。
それでも、母は精神科に行こうとしなかった。
母は、自分が病気と思っていなかったから。
母は、自分が一番、正しいと信じていたから。
それから年月が過ぎたけれど、
母の精神の病は相変わらず・・・。
あと、私がいくら母に精神の病があるとはいえ、
実の母親に「がん」であることを打ち明けないのは
きっと、普通の母子関係を築いてきた人からは
不自然極まりないでしょう。
いろいろ理由はあるけれど、
私は子どもの頃から、
虚弱体質でよく風邪をひく子どもだった。
その度に母親は
「親にこんなに心配かけて、
おまえはなんて親不孝者なの!」
と病気になるたびに、いつも母にこう言われ続けていた。
(まぁ、母なりに私を愛していたからこそ、
心配もしたのは分かるけど。)
そして、去年末に
「卵巣腫瘍摘出の手術で入院する。」
と母に説明したら、病院に来た母に何度も言われた。
「卵巣1個だけじゃなく、子宮も全部とっちゃえばいいのに。
子どもなんて、ひとりで十分よ。
ひとりだって大変なんだから。
子どもはすぐに病気するし、
子育てなんて苦労なだけなんだから。
どんなに愛情かけて育てても、
子どもは親不孝にしかならないのよ。」
その言葉、すごくショックだった・・・。
子どもの頃からの私自身そのものを否定された気がした。
母には14歳までしか育ててもらえなかったけれど、
私は母に苦労だけかけてきた、
そんなに親不孝な娘だったの?
その上に「がん」なんて言ったら、
もう、どんな傷つく事を言われるか分からない・・・。
ただでさえ、今、全摘手術を控えて
私の精神は相当不安定なんだから、
もうこれ以上、かき乱されたくないの・・・。
確かに私だって、王子が病気をした時はつらかった。
でも、病気に罹った王子を
「親不孝もの」だなんて
一度だって思ったことはなかったよ・・・。
王子には、私みたいな思いはさせたくないよ・・・。
私は決して、私の母のような事を
王子に言ったりしないって改めて思った。
なんか、最近はただでさえ「病気ネタ」で
重い内容なのに、さらに重い記事を書いてゴメンナサイ・・・。
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