2008年6月18日 (水)

上司からの手紙

夕方、ポストを見ると私宛に一通の手紙。
差出人の名前を見ると、
今の職場の上司からだった。

実は私先週、とある書類と一緒に課の職員に充てて、
忙しい時期に長期休暇を取って、
本当に申し訳ない旨の手紙を同封して職場に送っていたのだ。

心臓をドキドキさせながら、開封すると、
中身はその私の手紙に対する返事だった。

返事の内容をかいつまんで書くと、

課の仕事もひと段落していること。
(私のことを、)大病を患った後だから、
まだ身体が本調子でないのは当然だから
職場のことは気にしないでほしいとのこと。
元気になって、お会いしましょう

という内容だった。

すごく、うれしかった。
そして、少し胸が苦しくなった。

上司は、わざわざ職場名が入った封筒を使わず、
無地の封筒を使ったのも、私に対する心遣いだと思うと
なんだか、上司の人柄が分かった気がした。

今、いろんな思いが交差している。

この上司のもとで、早く仕事復帰したいと思えた。

でも、その反面、まだ心身の調子が思わしくなく、
まだ復帰するには完全ではないと自分で思えて。。。

どうしたらいいのか自分でもよく分からないのだ・・・。
自分自身のことなのに・・・。

ひとりで考えてもどうしようもないんだけど・・・。

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2008年6月 6日 (金)

精神年齢

「対人恐怖症」気味のpinguです。

前にも書いたように、
すごく仲のいい友達か、全く知らない人なら
大丈夫なんだけど、
中途半端にちょっと知ってる人、仕事上での知り合いの人
とはどう接していいか分かりません。

でも、子ども相手なら全然大丈夫なんですよー
(´Д`;)
日付が変わった昨日も、王子のお友達と
すっごく楽しくお話したし・・・・

って、オマエは、
精神年齢「小学2年生」と同レベルかっ!

と自分でもツッコミ入れたくなりますが・・・(´Д`;)

何か、大人相手だと身構えちゃうんですが、
子ども相手だと、同じ目線で話せるんですよ・・・

って、私は一体、ナニモノ?
本当に心は子どものまんまジャネ?
と自分でも思いますが・・・。
それって、かなりヤバいよね( ; ゚Д゚)

見た目も童顔で子どもっぽい私ですが、
どうも声も子どもっぽいらしいです。

少し前にセールスの電話がかかってきた時に
電話の相手に「お母さんは家にいる?」
って聞かれましたもん( ; ゚Д゚)
で、「お母さんはまだ帰ってきていません」
って答えた私ですが・・・(;・∀・)

それ以上に、精神年齢が子どものまま
止まってしまったようです・・・。
同じことでグルグル悩んで、全然成長していないし・・・。

先日家の中を片付けていたら、
すっごい昔(高校時代)に書いた日記を見つけて、
今も、あの時と悩み変わってないじゃんって
自分が成長していないことに愕然としましたもん・・・。

あ、話は子どもの事に戻って・・・。

生意気な事を言う子どもも多いですが、
基本、子どもって純粋で可愛いですよね。
自分の子どもはもちろん、他の子どもも。
みんな、真っ直ぐに成長してくれたらいいな。

でも、この私はもうちょっと、
精神的に成長しないとなぁ・・・・。

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2008年6月 3日 (火)

親友

L'Arc~en~Cielの東京ドームLIVE参戦の為に、
1泊2日のハードスケジュールで東京へ行ったpinguです。

LIVEの事は、先日の記事でクドいくらいに書いたので、
もう書きませんが(多分・・・。)
ちょっと、私、今
「燃え尽き症候群」
みたい・・・。゚(゚´Д`゚)゚。
LIVEで演奏していた曲(特にレア曲中心に)をずっと聴いて
パンフレット眺めてボーっと過ごしています。

でも、この短い東京滞在中の収穫は
ラルクのLIVEだけではありませんでした。

LIVEの翌日の6月1日、高校時代の友達に逢いました。
彼女は、結婚して関東に住んでいるので、
年に1回会えるか会えないかなんですが、
他人になかなか心を開けない私が
心を開ける本当に数少ない友達のひとりです。

高校時代も将来の進路のこと、恋愛のことなど
いろいろと話をしあった仲ですが、
物理的な距離(住んでいる場所)は離れても、
彼女との絆はどんどん強くなっているように感じるんです。

今回も会って話をしたのは、3時間くらいだけど、
本当に時間があっという間に感じるくらいたくさんお話しました。

何か、私ばっかりずっとしゃべってたな・・・( ; ゚Д゚)
なのに、私の話をずっと真剣に聞いてくれて、
本当に私の事を気遣ってくれた。

私は、今、自分が抱えている悩みを彼女に話せたことで
だいぶ、楽になれた気がします。
彼女には本当に感謝しています。

前にも書いたけれど、私は
「対人恐怖症」の傾向があって、
誰ともすぐに仲良くなれる性格ではありません。
友達も多い方ではないです。

でも、「いつも殻に閉じこもっている私」
「いつも仮面を被って本当の自分をさらけ出せない私」でも、
何でも相談できる彼女の様な友達がいてくれたら、
これからも何とか、生きていける気がするんです。

なかなか、面と向かっては照れちゃって言えないけど、
「本当にありがとう。」

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2008年5月29日 (木)

生きてること

最近、お天気が悪いですよね・・・。
急に暑くなったり、雨が多かったり・・・。
実は、雨の前は必ずと言っていいほど頭痛になる私。
(ってこれ、何回も書いたっけ?)
で、最近は頭痛に加えて、
お天気悪いと、
術後のお腹の傷も痛み出す始末。゚(゚´Д`゚)゚。
すっごくではないけど、鈍いツラさ・・・。

最近、何にもする気力なくって、
「自分って何の為に生きてるんだろ?」
とまで考えてしまうネガティブさ(´Д`;)

でも、王子との何気ない会話にささやかな幸せを感じたり、
お笑いを観て笑えるという何気ない事が
今の私にとっての
「生きてること」

ちっぽけなことだけどさ、
今はそれでいいんだよね。

「~じゃなくちゃ、生きている意味がない」
なんて自分をがんじがらめにしても
自分で自分の首を絞めるだけ。

私が笑顔でいられれば、
王子が笑顔でいられれば
それで十分なんだよね?

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2008年5月 8日 (木)

昔の同僚

今日の午前中、昔の同僚の女の子から電話があった。
彼女は前の職場で一番親しくしていた人。
歳もほとんど同年代だったし、
同じく小さい子どもがいるということで自然と仲良くなった。

私は去年、人事異動で今の職場に来たが、
彼女は、今春異動になった。
もちろん、今は私とは部署も違うけど、
少し離れているけれど、同じ市内にいる。

先週からメールのやりとりをしていたけれど、
今日は電話で

「pinguさん、今日のお昼暇?
もし、pinguさんの都合がよかったら、
お昼一緒に食べない?」

というお誘いだった。

休職してからの私は、家族以外の人とは
ほとんど会っていなかったけれど、
多少、外出がしんどくても会いたいと思って出掛けた。

彼女を仮にNさんとする。
Nさんとは、1年2ヶ月ぶりの再会。
Nさんは、私が「がん」であることも「鬱」
であることも知っている。

今、仕事を休んでいる事も・・・。

それでも、余計な気を遣わずに誘ってくれたのが嬉しかった。

Nさんは、私を見るなり、
「思ったより元気そうだね!
もっと痩せて元気ないと思ってたよ。」

だって。

一度、二度目の手術の後、退院して2週間後くらいに
友達に会った時にも
「ちょっと疲れている感じもしたけど、
思ったより元気そうに見えたよ。」

と言われたっけ。

私は他人には、自分を良く見せようと、
自分をつくってしまう。

それが親しい友達であっても・・・。

Nさんの目に映る私は、本当に元気に見えたのかな?
でも、彼女はお世辞とか、
思ってもないことを言う人ではないから、
その言葉は素直に受け止めよう。

Nさんは、前に一緒にいた職場よりも
遥かに忙しい部署に異動になって、
毎日大変な思いをしているそう。

業務内容を聞いていると、今の私の仕事よりも
遥かに大変そうで、ストレスも溜まりそう・・・。

Nさんも、他の人もみんな大変な思いをしながらも
それでも頑張って仕事をしているのに、
私はやっぱり、甘えているのかな?

Nさんに申し訳ない気持ちにもなったけれど、
でも、それ以上に忙しい中でも、私のことを思い出して
連絡をくれたことがとっても嬉しかった!

私の今の近況・・・
「がん」でしかも、摘出手術を受けた事とか、
そのこともひとつの引き金となって、
「鬱」が悪化して休職していると、
どうも、周りも気を遣ってしまって、
私にどう接していいのか分からないみたい。

私も仕事を休んでいる後ろめたさから、
自分から友達に「遊ぼう」って
以前以上に誘いづらくなったし・・・。

でも、こうして連絡をくれる人がいることをありがたく思う。

彼女とはたくさん話をして、
「また会おうね」と言ってさよならした。

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2008年5月 2日 (金)

悪夢

昨夜、悪夢を見た。

仕事の夢。
夢の中の私は仕事をしているんだけど、
何故か、私だけ降格で給料が大幅に下がった上に
私だけ急に遠い遠い僻地に異動になったという夢。
この夢がやけにリアルで、

行った事もない夢の中の町がすごく現実味を帯びていたし、
私の感情も夢とは思えないくらいリアルだった。

異動先には、何故か子どもを連れて行けないと言われ
泣きながら、王子と別々に住むのいや!と私の心が叫んでいた。

目が覚めても、夢の感覚が残っていて、
ずっと鬱状態が続いていた。

どうして、そんな夢を見たんだろう?
仕事を休んでいる罪悪感からかも知れない。

ちゃんとした手続きを踏んで今は休んでいるんだけど、
笑ったり、楽しい事があったりすると、
心のどこかで罪悪感を感じるのは事実・・・。

心身共に休める為にとったお休みなのに、
罪悪感を感じていたら、
治るものも治らないって分かっているけれど、

仕事をしていたら疲労とストレスでボロボロになって、
かといって、休んだら、罪悪感を感じて・・・。

もっと、気楽に生きたい!!!

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2008年4月27日 (日)

弱音

今の私は何の役にも立っていない。
自分の存在意義すら分からない。
それでも、王子の為に踏ん張って生きている。

でも、こんな弱い母じゃ王子の心にも
悪影響を及ぼすよね?
でも、今は強くなれない。
無理して強くなろうとしても、
それは本当の私じゃない。

私は誰ですか?
何の為に生きているんですか?
私の価値は、存在意義は
どこにあるんでしょうか???
今は答えなど見つからないよ・・・。

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2008年4月15日 (火)

ロングバケーション

「ロングバケーション」
なんて言葉を使ったら、
一昔前に大流行したキムタク主演のあの名ドラマを思い出しますが、
私の場合、そんなオサレなものじゃあありません。゚(゚´Д`゚)゚。

前にもブログに書いたように、私の「鬱」が酷くなり、
正式に3ヶ月、お仕事を休職する事になりました・・・。

休職を決めるまでに、眠れないほどの葛藤がありました。

今まで、どんなに辛くても十何年も仕事を続けたのに、
ここで休んじゃったら、今まで続けてきたのは何だったの?
とか・・・。

本当は、やればきっと、もっと頑張れるのに、
私はまだまだ甘えているとか、

仕事をしている人々はみんな辛い思いに耐えているのに、
私だけ、情けないとか・・・。

決断するまでに、本当に本当に葛藤し、悩みました。

(あ、これらのことは私個人のみのことです。
他にも病気や事情があって
お仕事をお休みしている人のことでは全くありません!
もし、気を悪くされた方がいたらゴメンナサイっ!!!)

でも、昨日の月曜日に意を決して、
職場に診断書を持って課長と面談しました。

この4月の人事異動で、
課長は隣の課の女性に代わっていました。
でも、理解ある方でよかった。しっかり話を聞いて下さって、
すんなり診断書も受理されました。

「もうしばらくお休みすることになりました。
忙しいのにすみません。」
とだけ挨拶して、菓子折りを皆さんに渡してそそくさと職場を後にしました。

忙しそうに働いている同僚を見るのが辛かったのです。

3ヶ月・・・。お医者さんは、状態が良くならないようだったら、
休職の延長も考えましょうとおっしゃっていたけれど、
3ヶ月で私は十分に働けるようになるんだろうか?

あと、身体のこともあるし、
まだ、少し無理をしたらお腹が痛くなるし、
再発、転移の不安もまだ完全に消えていない。

とにかく、今は余計な事は考えないで、心身ともに
元気になる事を考えよう。

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2008年4月12日 (土)

My Birthday

もうすぐで日付が変わりますが、
今日、4月12日
私の○○回目の誕生日です。

去年は、本当に色んな事があり過ぎました。

引越し、仕事の転勤。
それに伴う大きなストレス。
そして、極めつけが「がん」という
思っても見ない大病を患ったこと・・・。

去年が波乱万丈過ぎた分、
この1年は、ただただ平穏無事に過ごせたらいいなぁ
とただそれだけを願っています。

王子が選んだ小さいけれど、カワイイBirthdaycake

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そしてプレゼントは、
ストレスの多い私にうってつけの
アロマキャンドル。

仕事の事については、
まだ迷いもあるけれど、
私にとって、一番いい道を選択しなくては。
世間体とか、周りの目とか気にせずに。
私が望む方向へ進んでいきたい。

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2008年4月 9日 (水)

不安

一体、「不安」というタイトルで今まで何度日記を書いた事か・・・。

日付が変わった昨日のお昼、王子の通う小学校から電話がありました。
「王子くん、38.1℃熱が上がっています」
とのこと・・・。

季節の変わり目は、すぐに熱を出す我が王子。
赤ちゃんの頃と比べたら、少しは丈夫になったかな?
と思ったけれど、まだまだ弱いなぁ・・・。

夕方には39℃以上熱が上がっていたし・・・。
子どもが病気になると、無条件で親は憂鬱になる。
どんな面白いものを見せられても、何にも感じなくなる。

そして、弱いのは王子だけじゃない。
私も、心身ともに色々と抱え過ぎている。

一応、来週から仕事復帰なんですが、
案の定、仕事復帰が不安で不安でたまりません・・・。

今度は人事異動もあって、職場も色々変わっているだろうし、
私の業務も前年より、責任が重いポジションになるだろうし・・・。

なのに、王子はしょっちゅう熱を出して、
その度に仕事を早退しないといけないし、
私は私で虚弱体質だし、
「がん」を患った事で、最低でも月に1回は
病院に受診しないといけないし・・・。

正直、こんな私使い物にならんと思うんだが・・・。
(自分を卑下する訳ではなく、正直な気持ち。)

何か、仕事の不安で鬱がひどくなっています。
音楽聴く気にも、本を読む気にもなれないし、
食欲もないし、動悸までしてくる・・・。

ストレスは「がん」を発生させる要因のひとつと言われているのに、
仕事の事を考えると、超ストレス・・・。
特にこの1年は気をつけないといけないのになぁ・・・。

でも、私、そんな思いしてまで何の為に働くんだろう?
なんか、分かんなくなって来ました・・・。

ただ、何かにしがみついているだけにも思える。
そりゃ、収入はないよりはあった方がいい。
将来の先行きも不安定な世の中だし・・・。

でも、それで心身壊したら本末転倒な気も・・・。

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2008年4月 6日 (日)

再会

日付は変わりますが、先日
ネットでお友達になったばくちゃん
私の住む街にお友達と旅行に来ていたので、
去った土曜日の夜に共通の友達のyokoやのんべーさんと
一緒にお食事会をしました。

場所は、なんと「海鮮石焼屋さん」

実は、甲殻類アレルギーなpingu(´Д`;)
しかーし、そんな私への配慮なのか
(いや、それは絶対に違う( ; ゚Д゚))
お肉のコースもあったので、No problemですた。

でも、そのお店は初めて行く場所で、
しかも、超分かりづらい(´Д`;)

yokoから地図を送ってもらったんだけど、
夜道を20分くらい歩き回って、迷子寸前・・・orz。
なので、無事に着いた安堵感といったら・・・。

そのお店は、一見普通の住居っぽいのですが、
お店の人も気さくで、サービスもすっごく良くて
リピーターになりたいくらいでしたよー。

お味も最高でしたし♪
久しぶりの美味しいご馳走。
マジで幸せですた( ´∀`)

あ、何か食べ物ネタばっかりになってしまう( ; ゚Д゚)

ばくちゃんとは、ネットを通してのお友達。

最初は、ばくちゃんはyokoとネット友達だったのですが、
友達の友達は皆友達(なんか、昔のいいともって感じ?)
になって、ラルクのLIVEで東京に行く事になった私が
yokoより一足早くばくちゃんと会うことになったのです。

当時初対面だったのに、初対面な感じがしなかったなー。
ばくちゃんは、すっごくいい子で、気配りが上手で、
私が男だったら、惚れてたかも(え?迷惑?)

ネットをしなかったら、決して知り合うことのなかったお友達。
ブログを始めて、日本各地にお友達が出来ました。

何回か会ったお友達もいれば、
まだ会っていないお友達もいるけれど、
本当にみんなに会いたいです。

ブログを通して、お友達になった皆さん、
こんな愚痴ばかり吐いている弱っちい私と
お友達になってくれて本当にありがとう!!!

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2008年4月 2日 (水)

後ろ向きな春の始まり

もう4月ですね。
この季節、新入生や新社会人の方々は、
期待を胸に新しいスタートを歩んでいることでしょう。

でも、私は・・・。

主治医の先生から、
術後1ヶ月は自宅療養をした方がいいと言われ、
あとしばらくは、家でのんびり過ごすのですが、
その割には全然気分がすぐれません。

ずっと気分が落ち込み気味で、何もする気が起きないのです。

今までは、どんなに落ち込んでいても、どんなに鬱でも
ブログは毎日書けたのに、
今はPCの前に座る事もままなりません。

全摘手術を受けたら、鬱の症状が出ることもあるって
何かで読んだけど、
本当にそのとおりになったなぁ・・・。

あと、一番の鬱の要因は、仕事に対する不安・・・。
4月の人事異動で、ベテランの職員はほとんど異動になって、
今度から、私が責任あるポジションについて後輩に教えないといけない。
それがものすごく、ものすごく不安でプレッシャーで・・・。
病気休暇明けで職場に行ったら、
早速大変な仕事が待っていそうで・・・。

まぁ、お給料を貰っているからには、
ぐちぐち言ってはいけないんだけど・・・。

人一倍、心が弱くて、不安やプレッシャーに弱い私は、
その不安とプレッシャーだけで、押しつぶされそうです。

「がん」を再発、転移させない為には、
ストレスをためてはいけないって
何かで見聞きしたけれど、仕事をしている以上、
ストレスは避けられないよ。

精神的に元気にならないと、
身体も元気にならないって分かっているのに・・・。

こんな弱い自分が相変わらず嫌いです。

「がん」という大病を経て、
少しは強い人間になれるかと思ったけれど、
変わらない自分が嫌です。

二度もあんな恐ろしい手術を受けたんだから、
少しは強い心を持てよ・・・私・・・。

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2008年3月 8日 (土)

二度目の休暇

何度もブログに書いていますが、
私、pinguは来週に
「卵巣がん」の再発、転移回避の為の
再手術を受ける事になりました。
なので、日付が変わった7日の金曜日を最後に
来週から再び、お仕事の病気休暇をとることになりました。

長期の休暇は、去年末の最初の手術の時に
約1ヶ月の病気休暇をとって以来、2度目。

しかも、3月~4月といったら、
どの職場も一番忙しい時期・・・( ; ゚Д゚)

そんな時にまた約1ヶ月近くの休暇をいただくのは
すごく申し訳なかったんですが、
再手術を延ばし延ばししているうちに
再発、転移してしまったら、取り返しがつかないので、
その辺は、職場の皆さんも理解してくれました。

皆さんから
「仕事の事は気にしないで、しっかり治して下さいね。」
と言葉を掛けられると、何か胸にこみ上げるものが・・・。

こんなご時世なのに、
私自身のの病気や王子の突然の病気で休んでばかりの私を
切らずにいてくれる事を今は素直にありがたく思っています。

このブログに何度も来ている人はご存知でしょうが、
正直、私は仕事が好きではありませんでした。
いや、今でも決して好きではありませんが、

意に反して、30代で「がん」という、
初期とはいえ大きな病気をしてしまって
(なのに、自覚症状はあまりないんだけど・・・。
まぁ、それが私の罹っている「がん」の特徴なんだけど。)

「健康で仕事が出来るってことは、
実はすごく幸せなんだ。」

って当たり前の事に今頃気付いている次第です
(;・∀・)

今回の手術は、前回の手術よりも摘出部分が多いので、
手術後、どれくらいで職場復帰出来るか
正直、今の段階では未知数です。

一応今の段階では、4月の第1週までの休暇を申請しておきました。
手術後の経過によっては、休暇を延長するかも知れませんと
付け加えて。

3月末で退職する上司、先輩。
4月の人事異動で他の部署に行ってしまう同僚とは、
もう逢えないかもしれない。

退職や異動でお別れする職員の送別会にも、
私は参加出来るか、超微妙だし・・・。
手術後の経過が、未知数なんで・・・。

人間関係が微妙で悩んだ時期も確かにありましたが、
根はみんないい人達だから、
お世話になったこととか考えたら、
こんな形でもう逢えないかも知れないと思うと、何だか悲しい。

「送別会」には、顔を出すだけでも参加したいし、
もし、参加出来なくても
「無事に手術が終わって、もう大丈夫です!」
って報告出来たらいいな。

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2008年3月 3日 (月)

母と娘

3月3日は「雛祭り」
可愛い王子がいるから、本当はもう十分なのに、
デパートとかで見かける「お雛様」を見かけると、
「女の子もほしかったかな?」
「女の子もお家にいたらどうだっただろ?」

とふと思う。
もう、決して叶わない夢だけど・・・。

でも、私は男の子の母親にはなれたけれど、
仮に女の子の母親には、なれただろうか?

女の子を育てたら、きっと自分と自分の母親との事を
嫌でも意識してしまうのではないだろうか?

私の母は、精神障害があると何度か書いた。
そして、これも精神の病の一種だったからなのだろうか?

私が子どもの頃、母は常に私を支配して、
「自分の着せ替え人形」のように
子どもの私を育てた。
私がまだ自我を持たない幼少時ならまだ分かる。
髪型も洋服も全て、母親好みにすることも・・・。

でも、私が自我を持ち始めた小学高学年、中学生になっても
私自身の好きな洋服、私自身の好きな髪型にしたくても、
(私は決して、不良みたいな格好しようとしたわけじゃなかった。)
母親はそれを決して許さなかった。

前髪の長さも、スカートの長さも、靴下の短さも、
学校の校則よりも遥かに厳重に母親に決められていた。
学校の部活も母親の好きなものにしか入れなかった。

ずっと、私は母親の「お人形さん」
でい続けなければいけなかった。

私が「いやだ」と反抗したら、

「おまえは親の言う事を聞かない親不孝者だ。
お母さん、もう死んでやるから。」

ってずっと脅され続けていた。

異常だったのは、運動会で生徒みんなで揃える靴下の長さに
母が気に入らないと言い、
中学校の運動会にさえ、参加させてもらえなかったこと。

娘に対する歪んだ愛情。

それだけじゃなく、精神の病気も酷くなって
母の妄想、強迫観念が強くなり、とうとう私が中2になったとき
母は私を育てられなくなり、私はそれから親戚に家に預けられた。

それでも、母は精神科に行こうとしなかった。
母は、自分が病気と思っていなかったから。
母は、自分が一番、正しいと信じていたから。

それから年月が過ぎたけれど、
母の精神の病は相変わらず・・・。

あと、私がいくら母に精神の病があるとはいえ、
実の母親に「がん」であることを打ち明けないのは
きっと、普通の母子関係を築いてきた人からは
不自然極まりないでしょう。

いろいろ理由はあるけれど、

私は子どもの頃から、
虚弱体質でよく風邪をひく子どもだった。
その度に母親は
「親にこんなに心配かけて、
おまえはなんて親不孝者なの!」

と病気になるたびに、いつも母にこう言われ続けていた。
(まぁ、母なりに私を愛していたからこそ、
心配もしたのは分かるけど。)

そして、去年末に
「卵巣腫瘍摘出の手術で入院する。」
と母に説明したら、病院に来た母に何度も言われた。

「卵巣1個だけじゃなく、子宮も全部とっちゃえばいいのに。
子どもなんて、ひとりで十分よ。
ひとりだって大変なんだから。
子どもはすぐに病気するし、
子育てなんて苦労なだけなんだから。
どんなに愛情かけて育てても、
子どもは親不孝にしかならないのよ。」

その言葉、すごくショックだった・・・。
子どもの頃からの私自身そのものを否定された気がした。

母には14歳までしか育ててもらえなかったけれど、
私は母に苦労だけかけてきた、
そんなに親不孝な娘だったの?

その上に「がん」なんて言ったら、
もう、どんな傷つく事を言われるか分からない・・・。

ただでさえ、今、全摘手術を控えて
私の精神は相当不安定なんだから、
もうこれ以上、かき乱されたくないの・・・。

確かに私だって、王子が病気をした時はつらかった。
でも、病気に罹った王子を
「親不孝もの」だなんて
一度だって思ったことはなかったよ・・・。

王子には、私みたいな思いはさせたくないよ・・・。

私は決して、私の母のような事を
王子に言ったりしないって改めて思った。

なんか、最近はただでさえ「病気ネタ」で
重い内容なのに、さらに重い記事を書いてゴメンナサイ・・・。

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2008年2月26日 (火)

大切な人の言葉

私の実母は、精神的に病んでいて
「がん」であることも、これから受けるであろう
辛い手術についての相談も出来ない。

でも、実母以上に私にとって
「お母さん」のような存在の人がいる。

前の職場の上司だった女性だ。
上司としても、女性としても、人間としても素晴らしく、
私はいろんな事をこの方に相談してきた。

まだ、「がん」と判明する前、
「卵巣腫瘍摘出」ということで手術を受けた時も
メールや電話で何回も何回も励ましてくれた。

今回もすごくつらくて、つらくて、
甘えたくなって、今日、仕事の合間に
この方にメールしてしまった。

私の腫瘍が悪性のがんで、初期とはいえ、
「Ⅰc」という段階で、残りの卵巣と子宮を温存したら、
再発、転移の可能性が高いこと。

「全摘手術が最善の治療だと主治医から説明を受けて、
頭では手術を受けるべきだって分かっていても、
まだ30代でその手術を受けるのは辛いです・・・。」

って正直な気持ちをメールした。

すると、その方は会議があるという忙しい中、
このようなお返事をくれた。

「貴方の気持ちは痛いほど伝わりますが、
今後、健康に勝るものはこの世にありませんよ。
世にはどんなに子供が欲しくても恵まれない方もいます。
貴方には、王子がいるじゃないですか。
多くの子供に恵まれている親にも、
いろんな悩み、苦悩があります。
現実をしっかりと受け止め、
主治医としっかり相談し決断して下さい。
今はくよくよせず試練を乗り越え、
心から幸せを感じとることを
神様が与えてくれているかも知れませんよ。
頑張れ!病は気からです。力一杯病を吹っ飛ばして、
また笑顔で会いましょう。」

このメールは、ほぼ原文のままです。

このメールをもらって、不覚にも勤務中にも関わらず、
涙が止まらなくなり、泣き顔を同僚に見られないように
慌ててトイレに駆け込み、号泣してしまった・・・。

「もうひとりのお母さん」からの言葉をしっかりと胸に刻もう。

そして家に帰ると、
もうひとりの大切なひとからの言葉が!

今夜、夕ご飯前に王子が唐突に私に聞いてきた。
「ママ、手術いつ受けるの?」
え? 王子に手術の話したっけ?
「ママ、また前みたいに入院して手術するかも。」
くらいは言ったかも?

私 「いつかはまだ決まっていないけど。
ねぇ、王子は「がん」っていう病気知ってる?」
と聞いてみた。

王子 「うん、テレビとかで聞いた事あるよ。」

私 「ママね、その「がん」がお腹の中に出来て、
12月に手術したんだ。
でね、また手術しないと、その「がん」がお腹の中に広がって、
ママの病気が悪くなるかも知れないの。
でも、その手術をしたらね、お腹の中の赤ちゃんを育てる袋がなくなって、
王子に弟や妹は出来なくなるんだ。
それでも、ママ、手術した方がいいと思う?」

私ったら、いくら迷っているとはいえ、
7歳の男の子に何難しい事聞いてるんだぁ?
と自分に呆れていたら、

王子、

「ママは手術をした方がいいと思う。」

と毅然とした顔で答えてくれた。
7歳の子がだよ?
もう、弟や妹は出来ないってつらいこと言われてもだよ?

私、すっごく泣いた。
いっぱい、王子の頭を撫でた。

その言葉で、
どんなにつらくても王子の為に手術受けようと思った。

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2008年2月24日 (日)

兄嫁の赤ちゃん

土曜日の23日にだんなさんのお兄さんのお嫁さん
(以下、兄嫁と表記。)
がカワイイ男の子を出産した。

既に7歳、5歳と二人の女の子がいるけれど、
待望の男の子誕生!
ということで、だんなさん側の家族はもちろん大喜び。

生命の誕生って、この世で一番おめでたい事の一つだなと
あらためて実感。

でも、今の私には色々と複雑な感情が沸きあがってくるのも
正直な気持ちで・・・。

私は、がんの再発のリスク回避の為の手術を受けたら、
もう、二度と子どもを産む事は出来ないから・・・。

私には王子という宝物がいるけれど、
こうなる前に、二人目についてもっと考えればよかった。

王子が誕生してから、実質、だんなさんとは
「仮面夫婦」となってしまい、
二人目が出来るような状態ではまったくなかったから・・・。
でも、せめて
「ふたりめ、どうする?」くらいは話し合えばよかった。
まさに「仮面夫婦」そのものだなぁ・・・。

王子に
「りかちゃん(仮名)とゆかちゃん(仮名)
((注釈)だんなさんのお兄さんの子。
つまり、王子にとってはいとこちゃんたち。)
に弟が出来たんだって。
赤ちゃん、見に行こうか?」

と話したら、王子が
「どうして、ボクには弟がいないの?
ボクも弟が欲しいよ。」

と言われ、一瞬、凍りついた私。
(だんなさんもそばで聞いていたはず・・・。)

7歳の王子には、素朴な疑問だろう。
王子の学校や学童保育のお友達にも
だいたい、弟か妹がいるし・・・。

でも、その王子の問いかけに、今回はさすがに
答えられなかった私・・・。

私自身、ひとりっ子なので、
王子はひとりっ子にしたくなかった。

こんなことがあると、また手術に対して、
気持ちが揺らぐけれど、
(実は毎日、気持ちが揺らいでいる)

王子の笑顔を見ていると、
まだ7歳で、王子を母のいない子にはしたくない!
ひとりっ子でも幸せだと思わせたい!

って思える。

その為には、やっぱり手術を受けないとダメだよね・・・。
正直、まだ手術に対して迷いがあるのも事実・・・。

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2008年2月22日 (金)

生きてるってだけで・・・。

今や日本人の約3人に1人は
「がん」に罹るといわれても
今までピンと来なかった。

いつか、私も病気に罹るかもと思っても、
もっと、歳をとってからだと思っていた。

正直、30代で「がん」に罹るとは思ってもみなかった。
今でもまだ信じられない。
信じたくないのが本音・・・。

今までの(今もだけど)私、全然前向きじゃなかった。
全部悪い方向へ考えて、

自分で自分を勝手に疲れさせていた。
自分で自分の人生を辛くしていた。

育児にしても、協力してくれる人がいなくて大変とか、
(でも、王子の事は本当に愛しているけれど)

仕事の事も、人間関係に嫌な思いをしたり、
なんでも被害妄想的に捕らえて、
そもそも、何の為に仕事をしているんだろう?
って思いながらも、しぶしぶ出勤していた。

まぁ、今でも仕事が好きと言ったら大嘘になるけれど、

育児の悩みも
仕事の悩みも
人間関係の悩みも
生きてるからこそだと思った。

まぁ、それが苦しくて自らの命を絶つ人も
大勢いることも事実だし、

生きるってことは、いいことより、
つらいことの方が多いのも事実だけど、

今日(日付が変わったから昨日だな。)
職場で、なかなか馴染めなかった同僚達と
仕事の合間におしゃべりに花が咲いて、
そんな、些細な事がすごく幸せに感じた。

他人と接するのが苦手な私が、
しかも仕事仲間の人たちと笑って話せているよ!
これって、私にしてみれば幸せだなぁって・・・。

仕事もミスもたくさんするけれど、
大袈裟だけど、ひとつの仕事をやり終えた時の
達成感は何ともいえないものがあるし、

仕事を終えて、家で飲む一杯の缶ビールの味が
すごく美味しかったり、

生きていれば、ほんの小さな事でも
いいこと、幸せなことはたくさんある。

むかーし、明石家さんまが
「生きてるってだけで、まるもうけ」
とか言っていたけれど、
今の私は、その言葉を実感している。

死後の世界なんて、分かんないけれど、
死んだら、そんな些細ないいことも
些細な幸せも、喜びも味わう事が出来ない。

「がん」という死を意識せざるを得ない病気になって、
本当は生きてるってだけで幸せなんだって思った。

こんな前向きなことを書きながらも、
手術のことを考えたら、やっぱりつらくて
現実逃避しちゃうけれど、

再発したくない!
まだ、死にたくない!

それだけは、強く思ってる。

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2008年2月 9日 (土)

お別れ

昨日の記事で書いた、
私がとてもお世話になり、大好きだったOさんの死。

先ほど、Oさんの告別式があったので、
参列しました。

ここは雪ではないけれど、
お空もOさんの死を悲しんでいるのか大雨でした。

告別式は、本当に大勢の方々が参列していました。
本当に大勢の方々がOさんの死を悼み、
会場のいたるところで、すすり泣きの声が聞こえてきました。

Oさんの明るくて、優しいお人柄なのでしょう。
Oさんは、本当に大勢の方から愛されていたんだなと
改めて実感しました。

私はというと、告別式の会場に入るなり、
もう涙が止まりませんでいた。

会場の中央にたくさんのお花に囲まれた
Oさんの遺影を見ると、声を出して泣きたくなりました。

遺影のOさんは病気のせいか、
私の知っているOさんよりも少し顔色が悪かったけれど、
それでも、私の知っている素敵な笑顔でした・・・。

会場には、高校の制服を着た若い子の姿もたくさんありました。
やはり、下のお子さんは高校生で、
お子さんのお友達だったのでしょう。

上のお子さんは、おそらく成人したばかりだと思いますが、
二人のお子さんの気持ちを思うと、やり切れません。

本当にOさんは明るいムードメーカー的な方で、
おそらく、ご家庭でも素敵なお母さんだったのでしょう。

私と一緒に仕事をしていた時に、
Oさんはよく下のお子さんのお話をしていました。
当時小学生だった男の子は、サッカークラブに入っていたとか。

ご家族の気持ちを思うと、本当につらいですが、
残されたお子さん達が、お母さんのように
素敵な人に成長することを願ってやみません。

でも、きっとOさんのお子さんたちだから大丈夫でしょう・・・。

私は、今日、告別式で最期のお別れをしてきたのに、
それでも、いまだにOさんの死を信じられないでいます。

人の命って、本当に儚いですね。
あんなに、元気そうな方だったからよけいに・・・。

ちなみに、Oさんの享年54歳でした。
まだまだ、人生これからだったのに・・・。

この世では、もう二度とOさんに会えないけれど、
私の心の中には、いつもOさんが生きています。

私が仕事で落ち込んでいた時、
初めての妊娠、出産で不安だった時、
いつも、明るい笑顔で支えてくれたOさんのこと、
これからも私は絶対に忘れません。

それが、きっと何よりもOさんへの供養になると信じて・・・。

Oさん、本当にありがとうございました。
私も今、初期とはいえ「がん」という病気と闘っていますが、
王子と共に頑張って生きていきます。

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2008年2月 8日 (金)

悲し過ぎる・・・。

昨日の記事では、コメントしづらい内容にも関わらず
本当に心のこもった、温かいコメントありがとうございました。
皆さんからのコメント、何度も読み返しました。
すごく、うれしかったです。

今日、書く事は私の病気の事ではありませんが、
本当に悲しいことがありました。

今朝出勤して職場のPCをひらいて
メールチェックをしていると、
信じられないメールが・・・。

私が以前に勤めていた部署の方から
私がとてもお世話になった方が病気で亡くなられた
というメールが来ていました・・・。

仮にその方をOさんとします。
Oさんは、私が王子を出産した時に所属していた職場で
本当にお世話になったパートの女性です。

そのOさんが「多発性骨髄腫」
という病に倒れ、病気と闘いながらも帰らぬ人となったと・・・。

Oさんは、ご自身の希望で
身内や本当に親しい人以外には病気の事を
誰にも打ち明けていませんでした。

もちろん、私もOさんがそんな大変な病気と闘っていた事など
今日まで全く知りませんでした。

何度もそのメールを読み返しましたが、
どうしても信じられない。信じたくなかった・・・。

Oさんとは7~8年前に私が所属していた部署で
一緒にお仕事していました。

Oさんは、本当に明るくて、優しくて、素敵な女性でした。
確か当時、40代半ばくらいで
中学生と小学生の二人のお子さんがいました。

私が王子を妊娠し、いろいろと出産について不安だった時に
いつも励ましてくれました・・・。

私が産休に入る前の食事会の時に
誰よりも心に染みる激励の言葉を頂き、
私もOさんに
「もし、産まれて来た子が将来、不良になったら、
真っ先にOさんに相談しますね。」

と真面目に話したら、

「大丈夫よ!」
と言ってくれたOさんの笑顔が
今も脳裏に焼きついて離れません。

王子が産まれた時も、Oさんからとても素敵な
手作りのプレゼントも頂きました。

私はOさんが病魔と闘っていたことなど全く知らずに、
最近、偶然Oさんと一緒に撮った写真を見て
「Oさん、元気かな?
小学生になった王子を連れて会いたいな。」

と思っていた矢先でした・・・。

いつも、笑顔で私を支えてくれたOさん・・・。
亡くなったなんて嘘でしょう?

私も今まで、従姉妹や元職場の上司の突然の訃報を経験し、
その度に世の無常を感じましたが、
最近の訃報の中で、Oさんのことが一番悲しくてつらい。

最近、つらくても泣けなくなった私が
Oさんのことを思うと涙ばかり出てくる・・・。

メールをもらった仕事中も涙をこらえるのに必死でしたが、
ひとりになると、涙が止まりません・・・。

7~8年前で40代半ばだったから、
今はまだ50代の若さです。
下のお子さんは、おそらく高校生くらいでしょう。

誰よりも愛情溢れる女性だったOさん。
最愛のお子さん達を残して旅立つのは、
どんなに無念だったことか・・・。

いい人は、神様が早く連れて行ってしまうって
誰かが言っていたけれど、
どうして、Oさんがこんなに早く
逝ってしまわないといけないの?

残酷すぎる・・・。

昨日は、自分の病気の事ですごく落ち込んでいたのに、
追い討ちをかけるような、Oさんの訃報。
辛すぎる現実ばかりで、耐えられない・・・。

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2008年2月 6日 (水)

父と母

今日(2月6日)は、私の父の誕生日。

遠い所に離れて暮らしている父に夜、
「誕生日、おめでとう。」と電話した。

私と孫(王子のこと)からの電話にスゴク喜んでいたけれど、
父は、私の病気の事をとても心配していた。

まぁ、当然といえば当然だろう。
自分の子どもが初期とはいえ、
「がん」だと知ったら心配しない親はいない。

父は、私が再発や転移など絶対にないように、
今は健康であるもう片方の臓器摘出の手術を強く勧めている。
娘のいのちを思えばこそ、父が手術を願うのも当然だろう。

でも、私自身がまだ決断出来ない事はとても言えなかった。
「お前、だんなはどう言っているのか?」
と父に聞かれ、
「がんじゃない臓器はまだ摘出手術しなくてもいいんじゃないかって
言っている。」
と正直に答えたら、
父は電話の向こうで明らかに不機嫌になっていた。

娘の配偶者が、娘のがんの再発、転移について、
真剣に考えていないと思ったのだろうか?

実際に私の父は、私の配偶者と何年も会っていない。
だから互いの事をよく知らない。

それどころか、父は実の娘である私や孫の王子とも
1年以上、会っていないのが現状なのだ。

父は定年退職後、遠い他県で
祖母(私にとっての祖母)の介護をしている。
父は祖母の介護で、私の入院中も病院に来られなかった。

で、母とはもう何年も別居している。
父と母は、もう何年も不仲で
正直言って、離婚しないのが不思議なくらい。

前にも書いたけれど、母は精神的に不安定で
いろんな意味で問題がある人。

私が入院中に母は何回か病院に来ていたけど、
(「がん」と結果が出る前で、
母には良性の腫瘍摘出で入院していると説明しておいた。)
母は、手術が終わったばかりの私の枕元で、
訳の分からない妄想話ばかりしていたし・・・。
まぁ、母なりに心配していたのは分かったんだけれど。

私が「がん」だったと分かった時も
「がん」という事実は母には言えなかった。

母に言うべきかどうか私も悩んで
父や義母に相談したけれど、
「相当精神的に不安定な人だから、言わない方がいい。」
という結論に達した。

普通に考えれば、
一番に相談して頼れるのが実の母なんだろうけれど、
実際に今はとても、それが出来る状況じゃないので・・・。
その事が私自身、辛いし、悲しい・・・。

遠く離れてなかなか会えない父と
頼ることも甘えることも出来ない母。

それでも私にとって、
たったひとりの父であり母。

父はともかく、母だって、
表現はかなり変わっているけど、
私が王子を世界一愛しているように、
父と母もひとり娘の私を愛していることに違いはない。

父と母より先に逝くのは、一番の親不孝だよなぁ・・・。

どうか、私のがんが再発しませんように・・・。

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2008年2月 5日 (火)

坂道こわい・・・

さて、昨日、今日と鬱持ちとは思えないほど、
ましてや、初期とは言え「がん」を患っていたとは思えないほど
お仕事を頑張りましたが、
さすがに火曜日が終わると疲れが出てきました
(´Д`;)

今週は忙しいので、週5日のうち
1日も休まずに頑張るつもりですが、
(ってそれが普通は当たり前なんですが・・・。)

ところで、私が勤務している職場は
非常に交通の便が不便な場所にあり、
私の家から職場まで、直通で公共の乗り物がありません
( ; ゚Д゚)

3年前まで私は「ペーパードライバー」
2年前から去年までは、通勤距離片道約10分で、
私の苦手な坂道も渋滞もない非常に快適な道を
運転していたのですが、

今の通勤経路は、行きも帰りも非常に渋滞するし、
しかも、私の大嫌いな急な坂道が至る所に存在する・・・
( ; ゚Д゚)

病気になる前から、車の運転も仕事と同じくらいに
神経を使っていたのですが、

自宅療養が終わって、仕事に復職する際に
私が車の運転が超下手なことを知っている周囲の人も
「しばらく、車の運転はしない方がいいよ。」
というアドバイスもあり、
私自身もこれ以上、ストレスや緊張を増やしたくない思いから、

仕事に復職して3週間と2日、
(その間、休んだりもしたけど・・・。)
この私、1回も車通勤をしていません。

じゃあ、どうやって職場まで行っているのかと言えば・・・

「タクシー」
ですよ・・・
ヽ(´Д`;)ノアゥア...

家から職場まで遠いので、タクシー代もかなりのもんです・・・。
もちろん、タクシー代なんて支給される訳ありません。

復職してから今までのタクシー代の計算なんて
今まで恐ろしくて出来なかったのですが、
先ほど恐るおそる計算したら、
気絶しそうに・・・
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

もう、ストレスと引き換えに得た収入も
かなりタクシー代に消えてしまうなんてアホらしい・・・
( ; ゚Д゚)

もう、運転が怖くても、ストレスでも、緊張しても
そろそろ、自分で運転しないとなぁ・・・。

でも、最近お天気悪い(´Д⊂グスン
雨とかの日の運転は緊張が2割り増し・・・。

しかも、お恥ずかしい事に、
AT車なのに、急な坂道発進が超苦手・・・orz。

雨の日は更に・・・。

坂道発進でぐぐったら、こんなサイトが・・・。
「急な坂道での発進が怖い!」

あと、Yahooの知恵袋にも
私と似たような方の質問が載っていました。
回答は、
「ブレーキを踏んだままゆっくりアクセルを踏み、
同時にブレーキを緩めながら発進してみてください。」

という内容が多かったですね。

でも、私、運転する時に右足しか使った事ない・・・
_| ̄|○ 

こんな私、絶対にマニュアル車の免許とれなかっただろうな
( ; ゚Д゚)

さて、明日から車で通勤しようかどうか
非常に悩んでいるのですが・・・。
ちなみに病気が発覚してから、
2ヶ月間全く、車を運転してません( ; ゚Д゚)

あーあ、
これ以上、悩みとか心配事増やしたくないのになぁ・・・。

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2008年2月 2日 (土)

美肌への道

深夜になると活動が活発化するpinguです。
心身共によくないって分かっているんだけど・・・。
( ; ゚Д゚)

さて、この私、病気で手術を受けてから、
美しいお顔が(冗談ですw)
荒れて仕方ありません(´Д⊂グスン

特に、あごや首にかけてのブツブツがひどくなり、
「これっにきび???」
と思ってぐぐってみると・・・

あごから首にかけてのにきびは、
「大人にきび」と言われ
主にホルモンのバランスの崩れとストレスが原因。
だそうな・・・_| ̄|○ 

両方思いっきり当てはまるんですけど・・・orz。

多分、卵巣をひとつ摘出してから
ホルモンのバランスが崩れていると思うし、
仕事に復帰してから、またストレスが酷い
(´Д⊂グスン

皮膚科に行って、お薬ももらったけど、
全然治らない。゚(゚´Д`゚)゚。

ファンデーションで何とかごまかしてはいるのですが・・・。

なのに、一昨日、化粧ポーチを思いっきり落としてしまい、
ファンデーションが見事に粉々に・・・( ; ゚Д゚)
(昔からパウダーファンデーション派な私。)

ヤバいっ!!!

と思って、仕事帰りに慌てて
新しいファンデーションを買いに行ったのですが、
いつもは、普通のオークルを使っているのに、
何を考えたのか、それより肌の色が白く見えるものを
買ってしまった。

実は、肌の色が結構白い私。
え?美白?
そーかなぁ?

(実際に私に会った人達に殴られそうw)

でも、日付が変わって昨日、
新しいファンデーションをつけて仕事に行ったら、

トイレの鏡を見て驚愕( ; ゚Д゚)

顔色、悪すぎっ!!!!!
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

色白を通り越して、まさに病人顔・・・( ; ゚Д゚)
いつも、ナチュラルメイクで(手抜きとも言う。)
チークもしないから、余計にヤバい・・・。

まぁ、実際に病み上がりなわけだけど、
ちょっと、白いを通り越して青白い・・・。
この顔だったら、マジでホラー映画に出られそう・・・
( ; ゚Д゚)

貞子役とか、
かや子役(呪怨のお母さん幽霊役)とか・・・。

この休みにまたいつも使っている
ファンデーションを買い換えようかな?

ちなみにいつも使っていたファンデーションのブランドは、
(誰も聞いてないけど(;・∀・))
エビちゃんや伊東美咲さんがモデルですがなにか???

その前にまず、この夜更かしを何とかせいっ!
って感じですね・・・(´・ω・`)ショボーン

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2008年1月31日 (木)

命の授業