2009年9月12日 (土)

定期検診

去った11日の金曜日は、
がんの術後の定期検診でした。

今は、手術から1年が経過したので、
2ヶ月に一度の検診です。

前回の結果に異常はみられず、
今回も細胞診に問題はなし。
採血での腫瘍マーカーの数値については、
また、次回の検診時に結果を伝えますとの事。

一応、今のところは異常なしというところで、
ホッとしています。

ところで、私は「婦人科系のがん」
になったので、
検診も「産婦人科」なんですが、
「産婦人科」ほど、患者さんの
明暗分かれる科ってないんじゃないかな?
って思います。

お腹の中に新しい生命を宿して、
幸せいっぱいの妊婦さんが多い中、
中には、私のような「がん患者」さんもいるわけで・・・。

いっそ、「産科」と「婦人科」を
分けて欲しいと思う事もあったけれど、
でも、産婦人科医自体が全国的に少ないから
それは無理でしょうね・・・。

ところで、「産婦人科」は、
他の科よりも、
「マスクをしている人」がダントツに多かったです。
やっぱり、妊婦さんは新型インフルエンザ
特に怖いですものね
(((((( ;゚Д゚)))))

話は変わって、
私、大学病院を受診すると、
検査結果が良くても、
心身共に非常にグッタリするんです。

おそらく、無意識の中で、
入院時の時の事とか、
手術の事とかを思い出してしまうからなんでしょう・・・。

家に帰ってから、
バタッと倒れこむように眠ってしまって、
王子が学校から帰ってきて、
ドアのチャイムを鳴らしたのも
全然気付かなかったほど・・・(;´Д`A ```

王子は私がまだ病院から帰ってきてないと思って、
合鍵であけて家に入ったら、
私が横になっていたので、ビックリしたらしい・・・
( ̄Д ̄;;


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2009年9月 9日 (水)

女性として・・・

昨日の記事に
「だるい」
という事を延々と書いてしまいましたが、

ステロイド剤の「プレドニン」
副作用もそうですが、

「卵巣がん」に罹ってしまい、
卵巣の全摘出をした為に起きる
「卵巣欠落症状」

から来る部分もかなりあると思います。

「卵巣欠落症状」は個人差がかなりあると思いますが、
顔のほてりやのぼせ、イライラ、憂鬱、倦怠感、
疲れやすい、睡眠障害、頭痛、関節痛といった症状
が出るとのことです。

私の場合、だるさの他に
体温調整が困難になり、
ずっと汗をかきっぱなしです・・・。

あと、精神的なものもあると思います。
がんのステージがⅠcで、
「残りの子宮と卵巣も全部摘出しないと、
再発、転移の可能性がかなり高いです。」

と当時の主治医に言われ、

もう、子どもは産めないのはもちろんのこと、
外見とかも変わってしまうのですか?
と質問したのですが、
(その時は、見た目も男っぽくなっちゃうの?
と焦ったものです(;;;´Д`)ゝ)
「外見は全く変わりませんよ。
ただ、女性ホルモンがなくなって更年期障害の様な
症状が起きるので、ホルモン補充療法をします。」

との説明を受けたのですが、

その「女性ホルモン」がなくなる事により、
どのような症状が出るかまでは、
具体的には聞かされなかった気がします。

実は、妊娠、出産以外でも
「女性ホルモン」
って本当に身体にとって大切で、
女性ホルモンの低下で、
動脈硬化・脳血管障害のリスクが高まったり、
記憶力の低下「物忘れ」も女性ホルモンの低下で増悪すると、
上記にリンクしているサイトに載っていました。
私の今の「もの忘れ」の酷さも、これで納得出来ます。

何より、「自分は女性なんだろうか?」
と自分のアイデンティティーが
分からなくなってしまうのです。

頭では、「自分は今も女性であり、母親なんだ!」
って強く理解しているつもりなのに、

ふとした瞬間に、
アイデンティティーの混乱をきたしてしまう・・・。

そう思ってしまう感情とどう折り合いをつけるか?
それも自分の中の課題ですね。

摘出手術を受けたから、
自分は今、こうして生きていられるのかも
知れないし。

それを考えたら、
生きていれば、いつかは何でも乗り越えられるんだ
って思わないといけないですね。

ちなみに今、ホルモン補充の為に
「プレマリン」という薬も毎日飲んでいます。
多分、これからもずっと飲み続けるでしょう。

にしても、
私、飲む薬が本当に多過ぎ(;´Д`A ```

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2009年7月29日 (水)

限りあるいのちを・・・。

乳がんの転移で闘病中だった
歌手の川村カオリさんが亡くなられたと
ネットのニュースで知りました。

去年の10月に乳がんの再発、転移が発覚した事を
ご自身がブログに書かれており、
それを読んで、
「がんサバイバー」でもある
私は衝撃を受けました。

その時の記事です。
「ピンクリボン」
川村カオリさんは、2004年に乳がんに罹り、
手術と抗がん剤治療で、その時はご本人も
「がんは完治した」
と思ったことでしょう。

しかし、最初のがんから4年経っての再発、転移・・・。
ご本人のショックはきっと、相当なものだったでしょう。

しかも川村さんには、愛する娘さんがいらっしゃるのです。
娘さんはまだ小学生で、
まだまだ母親の愛情が必要な歳なだけに、
そして、川村さんはシングルマザーでもある事から、
きっと、娘さんの為にも、絶対に生きる!
って最後まで頑張った事でしょう・・・。

まだ38歳・・・。
まだまだ、やりたい事たくさんあったでしょうし、
何より、娘さんともっともっと一緒に過ごしたかったでしょう。

「癌」はまだまだ怖い病気と改めて思いました。

私自身、「癌」を患い、
今も2ヶ月に一度、経過観察で病院を受診しています。
早期発見だったので、ステージⅠで、
今は元気ですが、
(今は別の病気で大変ですが・・・。)
私も、忘れた頃に再発・転移しないとは
言い切れません。

しかも、私の場合は、
卵巣と子宮の全摘手術をしたので、
ホルモン補充療法で
「プレマリン」
というホルモン剤を毎日服用しています。
この薬は、
「乳がんの発現リスクが少し高まる可能性がある」
そうなので、主治医から
定期的に「乳がん検診」も受けてくださいと言われてます。

実は、この「プレマリン」を服用してから、
「乳がん検診」を受けていない私・・・。

川村カオリさんの遺志を無にしない為にも
(病気を公表したのは、多くの人に検診を受けてほしいという
思いがあったからと思います。)
近いうちに「乳がん検診」も受けようと思います。

それにしても、今年はミュージシャンの訃報が多すぎる。

当たり前だけど、いのちは限りある。
それが長いか短いか・・・。

明日が来ること。
一年後も元気でいること。
それは確実なものではない。

いつ、何か起きても後悔しないように
特に王子との日々を大切に生きたい。

最後に、川村カオリさんのご冥福をお祈りします。
遺された娘さんが健やかに育ちますように。

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2009年7月 3日 (金)

定期検診

今日は、ずっと通っている大学病院で
「がん」の術後の定期検診でした。

一昨年に1回目の摘出手術。
去年の3月に2回目の摘出手術。
重複癌だったのですが、
両方とも
「ステージⅠ」
で、腹腔内でがんが留まっていた事から、
抗がん剤治療は行わずに、
ずっと、月1回の定期検診で今まで
「異常なし」ですんでいます。

2ヶ月前の5月から、手術から一年経過ということで、
定期検診が月1回から、
2ヶ月に1回に減りました。

で、今日は2ヶ月ぶりの検診。
まず腫瘍マーカーの数値を調べるための採血。
まぁ、採血はもうひとつの病気である
「特発性血小板減少性紫斑病」

の診察の時も毎回行っているので、
もう、採血室のスタッフさんも私の顔覚えてる?
って感じです(汗)

診察では、2ヶ月前の採血では、
腫瘍マーカーの数値は問題なし
とのことで
これもひとまず安心。
今日の診察で、
「超音波検査」もクリア。
ただ、今日の腫瘍マーカーの数値は、
すぐには出ないので、
もし急に数値が上がっているとか、
異常があれば、病院から連絡しますが、
問題なければまた2ヵ月後ということで、
スムーズに終わりました。

実は「がん」の定期検診の前日から
いつもドキドキな私。
「がん」には、少なからず
「再発、転移」の恐怖があるから。

まぁ、「病は気から」とも言うので、
気にしすぎたら、それがストレスになって、
身体の免疫を下げちゃいそうですが
(;´Д`A ```

はっ!Σ(゚д゚;)
今、「プレドニン」という
身体の免疫を下げる薬飲んでるけど・・・。
( ̄Д ̄;;

もうひとつの病気
「特発性血小板減少性紫斑病」の治療も
5月までは同じ大学病院だったのに、
主治医の異動で、先月から
2箇所の病院に通うようになった私。
本当は、「がん」の検診も
「特発性血小板減少性紫斑病」の治療も
同じ病院の方が、医師同士の連携や
情報交換が出来ていいんだけどね・・・。

でも、大学病院の血液内科の医師が
本格的に足りないそうで、やむを得ず、
今の主治医についていった事情があるのです。

そういえば、今日の診察の時、
婦人科の主治医と看護師さんに
「pinguさん!脚の紫斑がすごいことになってるね!」

と本当にビックリされましたよ。
(;´д`)トホホ…

でも、毎回なんですが、
大学病院に診察に行ったら、
心身共に非常に疲れ切ってしまうのは
何故だろう?

「異常なし」って言われたんだから、
もっと元気になっていいものを私って・・・。
安心して、ドッと疲れが出ちゃうのかな?
ただ、後日分かる
「腫瘍マーカー」の数値だけが気になるな。

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2009年6月25日 (木)

より子という名のアーチスト

今日、何気なくテレビをつけていたら、
「より子」
という25歳のシンガーソングライターが画面に映っていました。

実は彼女は、2歳の時に
「小児がん」に罹り、幼少期に
壮絶な闘病生活を送っていたのです。
しかも、「がん」が私が患ったがんと同じ
「卵巣がん」
だったということで、さらに私は彼女の言葉一つ一つに
注目しました。

(実際に卵巣がんは、他のがんよりも情報も多くはなく、
体験談も少ないです。)

彼女は幼少期をほとんど、病院で過ごし、
お医者さんはもうひとりのお父さん。
看護師さんはもうひとりのお母さんのようだったと
話していました。

そして、何よりお母さんとの二人三脚の闘病。

よく子どもが病気になった親は
「代われるものなら代わってあげたい」
って言うけれど、
子どもの立場からすると、
お母さんの事が大好きだから、
そんな苦しい思いは絶対に代わって欲しくないですよ。
と彼女はハッキリ言っていました。

そして治療が終わって退院して、
同じ入院していた友達に手紙を書こうとしたところ、
同じ病室で闘病していた同じ年代の友だちの多くが
亡くなっていたという事実にショックを受けたという。

「どうして私だけ生き残ったんだろう?」

より子さんは、自分が「生かされた」意味を考えたと言いました。
そして、行き着いたのが
「大好きな音楽で何かを伝えるために生き残った。」

と思い、音楽の道を進んだとのこと。

その後、インディーズからデビューし、
どんどん、知名度も上がってきた矢先の
2006年に、異常な腹痛に見舞われたとの事。
実は残していたもう片方の卵巣に腫瘍が出来ていた。
幸い腫瘍は良性で、手術は腫瘍だけを取り除いたらしいです。

でも、2歳の時にがんで右卵巣を摘出していた彼女は、
さらにもうひとつの卵巣を腫瘍以外は残したとはいえ、
その後、とても辛い身体の不調に悩まされたとの事。

「女性ホルモン激減による更年期障害のような症状」

彼女はその不調を
「とてもだるいし、精神的に不調になるし、
身体に熱がこもる感じ。」

と表現していました。

・・・・・まさに、私も同じです。
女性は、加齢と共に女性ホルモンが徐々に減り、
それがいわゆる「更年期障害」といわれる症状なのですが、
より子さんとか、私のように「がん」などの病気で、
女性ホルモンを作り出す「卵巣」を手術等で摘出した場合、
徐々に女性ホルモンがなくなるのではなく、
急になくなるので、通常の「更年期障害」よりも、
身体の不調が激しい事が多いと聞いたことがあります。

(個人差はあると思いますが・・・。)

私も彼女と同じように
「ホルモン剤」を毎日飲んでいます。

(私の場合は、別の病気もあるので、もっと薬漬けですが・・・。)

身体の不調・・・。
それでも、彼女は歌い続ける。
「音楽が自分の生きる道だから。」
彼女の根底には、ずっとその思いがあるのでしょう。

同じ「病気」を体験した者として、
そして、
「生きる道」をいまだに模索している私にとって、
なんだか、色々と考えさせられました。
Mziyxyhrycf170x17075CDジャケットの
彼女の写真です。
目を閉じているけれど、
とても可愛らしいひとです。

そして、最近かな?
リリースされたアルバム
「記憶」
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実は私
「ほんとはね。」
という曲しか知らなかったのですが、
これを機にアルバム聴いてみたくなりました。

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2009年5月 9日 (土)

受診日

昨日の金曜日は、大学病院の受診日でした。

昨日は、約一年前に患った
「がん」の術後の経過観察。

すでに、「がん」の手術から一年が経過したので、
今回から2ヶ月に1回の受診になったのです。

2ヶ月ぶりに大学病院の「婦人科」にいくと、

また、主治医が変わってる!
Σ(゚д゚lll)

大学病院ってこういうものなのかな?
それとも、大学病院に限らず大きな病院は
そんなもの?

でも、その先生は、
私が一年前に手術で入院していた頃に、
同室だった患者さんの主治医の先生で、
親身に患者さんの訴えを聞いてくれていたし、
私も好印象を持っていたので、
この先生が主治医なら安心だろうと
まぁ、納得しました。

ちなみにこの先生、きっと私とそんなに歳は
変わらないと思うけど、
教授回診の時は
(ほら、『白い巨塔』でやっていたあれ。)
教授の次くらいに歩いていたし、
若いドクターの中では、リーダー的存在のように
見受けられたし、

「いつかは、教授になれる逸材?」
って勝手に妄想してました
(;´▽`A``

話は少し変わりますが、
今の私の懸念は、
「特発性血小板減少性紫斑病」
の治療で
「免疫抑制剤」を飲んでいる事によって、
「がん」の再発のリスクを高めないか?
ということ・・・。

でも、先生は、
「もし、身体の中に『がん細胞』があったら、
この薬は飲んだら危険だけど、
pinguさんの場合は、一年前の手術で
『がん』をちゃんと取り除いているからね。
大丈夫ですよ!」

とハッキリ言って下さったので、安心しました。

ちなみに、今回も「異常なし」
でした。
ただ、採血の結果は次回の診察で・・・
なんですが。
何故、「がん」の経過観察で採血するかというと、
血液の中に「腫瘍マーカー」というものがあって、
この数値が急に上がったら、
身体の中に腫瘍があるということだから・・・。

再発や転移について、心のどこかでいつも
気にかかっている私だけど、
いまや、日本人の2人に1人は、
「一生のうちに1回はがんにかかる」
とも言われているらしいです。
でも、実際にがんで亡くなる人は国民の30%。
つまりがんにかかっても、半分以上の人は、
がんが治っているということ。

再発や転移に怯えるよりも、
前向きな考えで生きた方が
心も身体にも、いいってことなんですよね。

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2009年5月 4日 (月)

ロックの神様

5月2日、
「ロックの神様」と呼ばれた
ひとりの偉大なミュージシャンが他界した。

「忌野清志郎」

世代を問わず、誰でも知っている
ミュージシャンのひとりでしょう。

私が清志郎さんを知ったのは、
まだ子どもの頃。
今まで見たこともない奇抜なメイクと衣装で、
「い・け・な・いルージュマジック」で
坂本教授とのキスシーンをテレビで見て、
それがすっごく衝撃で、
それから、この人に興味を持った。

「雨あがりの夜空に」とか、
「スローバラード」
好きだったよ。
あと、カバー曲だけど、
「デイドリーム・ビリーバー」
この曲は私、とっても好きです。
彼の訃報を聞いてから、
頭の中、これらの曲が頭の中でグルグル回っている。

清志郎さんは、2006年に
「喉頭癌」
と宣告されたとのこと。
でも、手術をしたら、
ミュージシャンの命である「声」が出なくなるからと、
手術は行わずに、
放射線治療や抗がん剤治療を行ったとのこと。

2008年2月には、「復活祭」を行ったのに、
残酷にも、その年の夏に
「がんの転移」が判明してしまった。

最初の「癌発病」から、2年後の転移・・・。
だから、「癌」は怖い・・・。

それでも、清志郎さんは「死なない」ような気がしてた。
どんな病魔にも、笑って吹き飛ばすような気がしてた。
でも、そんな「ロックの神様」も
「癌」には勝てなかった・・・。

なんでだろう?
今まで、特別なファンという訳でもないのに、
清志郎さんの死を知った時、涙が出た。

「癌」に罹っても、
生存する人と、亡くなってしまう人、
再発、転移してしまう人と、
完治する人。
その差はなんなのだろう?

早期に発見出来るか否か?
「癌」が発生した部位にも関係あるのだろうか?

去年、「癌」に罹った私は、
「癌」で他界した人のニュースに触れる度に
胸が痛い・・・。

そういえば、
5月2日といえば、奇しくも
「HIDE」の命日でもあるんですよね?

偶然とはいえ、カリスマ性のあるミュージシャンが
ふたりも5月2日に亡くなるなんて。

「HIDE」の訃報を聞いたのも、
ちょうど、GW真っ最中だった。
彼の死を知って、GWを楽しめなかったのを
思い出した・・・。

当たり前だけど、どんな人でもいつかは死ぬんだよね。
人は死んだら、どうなるんだろう?
最近、そんなことをふと考えてしまう私がいる・・・。

最後に清志郎さんのご冥福をお祈りします。

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2009年1月22日 (木)

悲しい

去年、私が入院していた時に同じ病室だった方が
亡くなった事を昨日知った。

ショックだった・・・。

その人は、私と同い年だった。
その人も「がん」を患っていた。
私とは、「がん」が出来た部位も
ステージも治療方法も異なっていたけれど、
私は入院中に5日間くらい、
その人の向かいのベッドに入院していた。
(私はその時は2週間くらいの入院だったけど、
大学病院は、病室がよく変わる。
入院中、ずっとその人と同じ病室という
訳ではなかった。)

その時の病室は、皆さん、
病気と闘っているにも関わらず、
感じのいい方ばかりで、
皆さん、すごく前向きだった。
(本音はきっと、辛かったと思うけれど、
前向きに病気と闘おう
という気持ちがすごく強い人ばかりだった。)

その人は、病室の患者さんの中では、
私が見た感じでは、一番症状も重そうで、
「抗がん剤」の副作用もとても辛そうで、
向かいにいた私は、
辛そうな彼女に
なんて声を掛けていいのか分からなかった。

でもその人は、「抗がん剤」の副作用が治まって、
症状が楽になっている時は、明るく、
時には冗談も言って、病室の雰囲気を明るくしてくれた。

5日くらいしか同じ一緒の病室で過ごさなかったけれど、
気さくな性格や病気に対する姿勢とか、
私はその人に「好印象」を持っていた。

育ちもとてもいいんだろうなという印象を持っていた。
毎日、お年を召したご両親がお見舞いにいらしていたけれど、
ご両親もおつらいでしょうに、
私達、他の入院患者に対する
気遣いも素晴らしいご両親だった。
ユーモアもあって、その人のご両親が
お見舞いにいらしたら、
病室は自然と笑いが溢れていた。

他の患者さんと
「○○さんのご家族はとっても素敵なご家族ね。」
と話した覚えもある。

「この人は本当に素敵な愛情の中で育ったんだな。」
と思った。

その人は、「抗がん剤」の副作用で
あまり食べられない状態だったけど、
「退院したら、○○が食べたい。」とか、
あと、
「退院したら、○○がしたい」
と言っていたのが忘れられない・・・。

まだ若かったのに、
きっと、もっと生きたかったはずなのに。
そう思うと、とても悲しい。

ご両親、ご家族の気持ちを思うと
やり切れない・・・。

生きている限り「死」は避けられないし、
若くして亡くなっても、
その人は素敵な家族に囲まれて、実りある人生だった・・・
そう思いたい。

語弊があるかも知れないけれど、
すごく長生きすること=「幸せ」とも
言い切れないと思うことがこの頃しばしあるし・・・。

でも、やはり「死」は悲しい。

お天気の悪さが余計に気持ちを沈ませる。


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2008年12月17日 (水)

あれから一年。

12月17日・・・。
ちょうど一年前の今日、私は、生まれて初めての
「手術」
を受けた。

その時は、「卵巣腫瘍」という診断で、
病巣のある右卵巣のみの摘出手術だった。

卵巣という臓器は、お腹の奥にあるので、
実際にお腹を切り、臓器を摘出して、
顕微鏡での「病理検査」でみないことには、
腫瘍が「良性か悪性か?」
正式な診断が出来ないようなのだ。
しかし、私の主治医は術前検査で(超音波検査、CT検査等)
私の腫瘍は、極めて「悪性の腫瘍」の疑いがある
とみていたらしい。

手術の前日、私とだんなさんとお義母さんは主治医に呼ばれて、
CT検査の画像を見せられながら、
「悪性腫瘍(がん)の可能性が高い」
ことについても、知らされていたもの・・・。

そして、実際の手術。
当時の詳しい内容については、退院してからブログにも記した。
「手術」
(↑当時の記事)
この記事を書いたときは、まだ腫瘍の確定診断が出ていない時期だった。

その後、「病理検査」の結果、私は
「卵巣がん ステージⅠC 類内膜腺がん」
との最終診断が下された。

最終診断が出るまで、
「がん」の可能性が高いと頭では分かっていても、
「でも、『卵巣腫瘍』の80%は『良性』って聞くし、
もしかしたら、がんじゃないかも知れない」
って自分でそう思い込もうとした。

しかし、主治医からの言葉でその思い込みは打ち砕かれた。

ただ、「早期がん」でどこにも転移はなかったのが
「不幸中の幸い」だった。

でもその3ヵ月後には、「根治手術」という名の
二度目の手術を受けることになった。
全摘手術・・・。
精神的にもかなり迷ったし、その後の後遺症(?)みたいなものにも
悩まされた。

でも、その2度の手術で私は今も生きている。

私は30代にして、「がんサバイバー」になった。
がんは、手術や化学療法でがん細胞を取り除いたり、
やっつけても、決して
「完治」とは言わない。

よく耳にする「5年生存率」
(一般的に「がん」は最初の発病から5年、再発や転移がなくて、
初めて「完治」といえるらしい・・・。)

私の「卵巣がん ステージⅠC」の5年生存率は、
「80%」らしい・・・。
「卵巣がん」についてのサイト

5年後(今現在では4年後か)に
私が生きている確立は80%なんだってさ。
なんか不安な気持ちにもなるけれど、

でも、考えてみれば
人間の死亡率は100%なんだよね・・・。
つまりは、生きている者全てがいつかは死ぬってこと。
それが長いか、短いかの違いなだけ。

とは言っても、好き好んで「再発や転移」はしたくないから、
以前よりも食事に気をつけたり、
ストレスを溜めないように・・・って思っている。
「笑うこと」は免疫を高めるって言うし、
今夜は、「爆笑レッドカーペット」見て、
思いっきり笑った(;・∀・)

あれから一年。
pinguは今も生きてます。

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2008年12月 6日 (土)

一年前・・・。

先ほど、「特発性血小板減少性紫斑病」
の診察で大学病院を受診したことを書きましたが、

がんの術後の経過観察も受けてきました。
(今回も異常なしでした!)

思えば私のがんが発覚してから、もう一年になります。

一年前・・・。
あの時に病院を受診した事が私の運命を決定付けた
と言っても過言ではありません。

私が罹った「卵巣がん」は、自覚症状があまりないので、
2/3以上は転移した状態ではじめて病院を受診して
発覚するケースが多いらしいです・・・。

あの時に仕事が忙しいからいいやとか、
これくらいは別に病院に行かなくても大丈夫だろうと
受診していなかったら、
正直、私は今頃生きていたかどうかも分かりません。

早期がんだったけど、結局全摘手術を受けて、
失ったものも大きかったけれど、
あの時期、あのタイミングでステージⅠのがんに罹ったことは
何か私の人生で、ものすごく大きな意味があったように思います。

自分の生き方をじっくり見直すいい機会になったし、
1日一日を大切に生きるってことが当たり前だけど、
本当に大事だなと実感しました。

でも、まだまだ油断は出来ません。
再発、転移の不安は常にあります。
だから、月に一度は必ず病院にも受診しているのであって・・・。

今、私は「プレマリン」というホルモン剤も服用しています。2479004f1033
「ITP」の治療で服用している
「プレドニン」
(名前が似てて紛らわしいっ!)よりは、
副作用も少ないのですが、
ひとつコワい副作用というか、リスクが・・・。

この「プレマリン」を服用していると、
「乳がん」に罹るリスクが高くなるらしいです・・・。

婦人科の先生には、必ず定期的に
「乳がん」の定期健診を受けるようにと言われちゃいました
Σ(゚д゚;)

正直、自分が「がん」に罹るまでは、
どこか他人事のように考えていたけれど、
今では、テレビや新聞で「がん」について取り上げられていたら
もう、食い入るように見てしまいます。

先日、テレビドラマの「風のガーデン」を観たのですが、
とっても、胸にせまるものがありました・・・。
中井貴一さんが余命僅かな末期がん患者の役で、
緒形拳さんが中井さんの父親役なんですが、
実際に撮影時に緒形さんは、自分の余命を感じていたんだろうか?
とか思ったら、もう切なくて・・・。

「命の期限」をハッキリと告げられたら、
今の私なら、最期の最期まで王子と一緒にいたいです。
そして、王子にいろんなものを残したい。

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2008年10月13日 (月)

CT検査

前回の記事で
「血小板の数値がすごく下がっている」
と書いたpinguです。
まぁ、まだそのショックは消えてはいませんが、
もうこの病気とは長い付き合いになると
腹をくくらないとやっていけないって感じです
(;´д`)トホホ…

実は、その日は血液内科の診察だけではなく、
「がん」の手術後半年以上が経過したということで、
念の為、他の臓器に「がん」の転移がないかどうかを調べる為に
「CT検査」
なるものを受けました。

あれ、受けた事ある人います?
こんな感じです。
3957074365
私はこれでCT検査を受けるの何回目かな?
私の場合は、造影剤を注射しながらの検査でしたが、
造影剤が体内にはいると、
身体の中に熱いものが入る感じで
何とも変な感じなんですよね・・・(´Д`;)

普段は、自分が「がん」だったこともあまり考えないようにしているんですが、
CT検査で、もしも、ほかの臓器に
「がんの転移」
があったらどうしよう・・・。
ってやっぱりすっごく心配になってしまう・・・。

しかし、結果は後日だって・・・。

まぁ、
「気になる所見があれば、電話します。」
って言われたけれど・・・(´Д`;)
そんな言われたら電話がなるたびに
「もしかして、大学病院から?!」
ってビックリしちゃうよ・・・(´Д`;)

本当に「転移」がないことを願うばかりです。

最近、芸能人で「がん」で亡くなる方が多い気がするし、
(緒形拳さんとか、峰岸徹さんとか・・・。)
私にとっても、もはや他人事ではないけれど、
私はまだまだ生きなくちゃいけない。

8歳の王子を残しては、死んでも死に切れないです。
せめて、王子が一人前になるまでは・・・。

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2008年10月 3日 (金)

入院中の時のこと

昨日、「ピンクリボンデー」というタイトルで「がん」について書きましたが、
いつか書きたいと思っていたことがありました。
私自身、「卵巣がん」に罹り、この1年で3回入院しましたが、
(そのうちの1回は、血小板減少によるものだけど・・・。)
その入院生活について、色々と忘れられない事があったので・・・。

3回目の入院の時、(今年の6月末~7月上旬)
私は4人部屋だったけれど、私以外の患者さんは皆さん
「抗がん剤」治療を受けていた方でした。
皆さん、私よりもずっとつらい治療に耐えていました。

で、私は元来、人見知りが激しく、相部屋での入院はちょっとしたストレスで、
なるべくカーテンを閉めて、あまり人との接触を絶っていた変な奴だったんですが、
こんな私に相部屋の人は、
「カーテン開けてお話しましょうよ。その方が気が紛れるわよ。」
と温かい言葉を掛けて下さいました。
それから、私も少しづつ病室の人達の会話に加わったりしたのですが、
ビックリしたのが、つらい抗がん剤治療を受けているにも関わらず、
皆さん、明るく笑いの耐えない病室だったんです。
(特に私が入院した病室は、雰囲気のいい病室だったようです。)
まぁ、気持ちだけでも明るくしないと・・・という気持ちもあったのでしょう。
また、笑いは免疫を高めて、がんをやっつけると言いますものね。

でも抗がん剤の副作用は、実際に傍で見ると、
思っていた以上に大変そうでした。
まず、やはり髪が抜けて皆さん、帽子をかぶっていました。
その事も皆さんは、笑いのネタにはしていましたが、
抗がん剤治療を受けていなかった私は、どう反応していいのか分かりませんでした・・・。
きっと、内心は髪が抜けるって女性としてすっごくショックだったと思うから・・・。

あとは、抗がん剤の副作用も多種多様だなと知りました。
吐き気、食欲不振、味覚異常、手足のしびれ、全身のかゆみ・・・。

同じ病室で見ていても、辛かったです・・・。
皆さん、痩せ細っていて病院の食事も食べるのが一仕事って感じでした。
まぁ、正直言って、病院食はまずかった・・・(;;;´Д`)


副作用が強い時は、本当に辛そうでした。
傍で見ている私も、見ているのが辛かった。
でも、皆さん、必死に「がん」とそして「副作用」と戦っていました。

皆さん、こう言っていました。
「副作用があるってことは、それだけ薬が効いてがんが消えている証拠だもんね。」

そして、皆さん、
「絶対に治る!今はもうがんは死ぬ病気じゃない!」
と本当に前向きでした。
きっと、不安もたくさんあったでしょう。

それでも、前向きに治療をしている相部屋の方々からは、
何か大切な事を学んだ気がします。

今、私は「がん」以外の「特発性血小板減少性紫斑病(ITP)」という
病気の治療の為に服用しているステロイド剤の副作用で正直参ることが多いです。
でも、比較するのは変かも知れませんが、
「抗がん剤」の副作用の辛さに比べたら、弱音なんて吐いたらダメだなーって
そう思います。
(それでも、弱音吐いているけれど・・・(´Д`;))

あの入院から3ヶ月が経ったけれど、
皆さん、どうしているかな?
もう治療が終わって退院していたらいいな。

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2008年10月 2日 (木)

ピンクリボン

日付は違いますが、10月1日は
「ピンクリボンデー」だったそうですね。

その日にテレビとネットでショックなニュースを知りました。

歌手の川村カオリさんが自身のオフィシャルブログで
リンパ節など3か所にがんが転移、再発していることを明かしたという内容のニュースです。
ところで、「川村カオリさん」って知っていますか?
私も「誰だったかな?」と思ったけど、
10~20年以上前くらいにロックテイストの歌を歌っていた、
ロシア人ハーフの綺麗な方と言えば、分かる人も多いと思います。
「翼をください」の歌とか「zoo」とか歌っていたような・・・。
今の芸能人に例えると「土屋アンナさん」っぽい感じな人です。

川村カオリさんは、4年前の2004年に乳がんを患い、
摘出手術をしたそうです。
当時の手術と抗がん剤治療で回復し、4年も経ったので、
きっとご本人も、「がんは完治した。」と思っておられたでしょう。
そこに、思いがけない転移、再発の宣告・・・。
しかも、リンパ、骨、肺の3箇所にも転移しているそうです・・・。

ネットのニュースに
「ブログでは「今日は大切なお話しがあります。(中略)
私、川村カオリは現在乳がんの再発と闘っています。リンパ節・骨・肺の3か所への転移です。再発という単語を耳にした時納得がいかなくて、受け入れる事が出来なくて、言葉に出来るようになるのに時間を必要としました。最初に私のブログを見て下さっている皆様に自分の言葉でご報告しようと思いました」と経緯を説明した。」
とありました。(オリコンニュースより抜粋)

ちなみに川村さんのブログです。
「川村カオリの調子はいいんだけど・・・。」
転移を知った彼女の信じられない気持ち、絶望、孤独、それでも前向きに生きたい・・・。
彼女のいろんな感情を考えると、読んでいて胸が苦しかったです。

「がん」って私自身も患ったから分かるけど、
発見して、手術して抗がん剤で叩いて消したら=完治ではない。

よく「5年生存率」っていうけれど、
身体の中に発生したがん細胞は、切っても、叩いても身体のどこかにこっそりと潜んでいて、
忘れた頃に、「再発、転移」という形で現れることも少なくないです。

で、「5年生存率」の5年はあくまで目安で、
(でも乳がんの場合は、5年ではなく20年らしいですね・・・。)
最近では、名脇役女優として、テレビドラマに欠かせない存在だった
「深浦加奈子さん」も確か、5年前に患ったがんの再発で8月に亡くなられました。

なんで、「がん」って奴はしぶといんだろう?
手術で切っても、抗がん剤で叩き殺しても、
どっかで身を潜めて他のところに出てくるなんて・・・。

そういう私の身にも、「がん」はまだどっかにあるかも知れない。
そう考えると、今回の川村カオリさんのがんの転移、再発も
実際に「がん」を患った私にとっても決して他人事ではない・・・。
どんな「がん」にも効く特効薬があればいいのに・・・。

ちなみに川村カオリさんは、私と同じ30代。
そして、まだ小学1年生のお子さんがいらっしゃるそうです。
「娘のためにも生きていきたい」
彼女はこう語ったそうです。

是非、この苦境を乗り越えて、生きて欲しいです。
娘さんの為にも、ご自身のためにも、
そして、全国の「がん」で苦しむ患者さんの為にも・・・。

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2008年8月 6日 (水)

本当は怖い家庭の医学

毎週火曜日に
「本当は怖い家庭の医学」って
テレビでやっていますよね。
あれ、無駄に恐怖心を煽るので、
普段は見ていないんですが、
昨日は、「女性の病気SP」
あ、「恥ずかしくてなかなか受診できない病気SP」
だったかな?
やっていたので、久々に観てました。

私自身が「女性特有のがん」に罹ったもんで・・・。

ケース1は、恥ずかしくて
1年前の「子宮がん検診」を受けなかった女性が、
実は子宮頸がんだったというもの。
このケースは、検診を受けていればがんの前段階で
発見出来たのに、
検診を受けずに異常があっても放置していたせいで
がんが大きくなって、結局「子宮全摘出」になったらしい。

確かに、婦人科を受診するのは、
何歳であっても抵抗がある。

でも、「恥ずかしいから・・・」といって
自覚症状があるのに放置していたら、
気がついたら最悪な事になっていたケースも
結構あると思う。

私が患った「卵巣がん」は、
(最終的に「子宮体がん」の重複がんだったけど)
ほとんど自覚症状がないらしく、
婦人科がんの中でも、死亡率が高いがんらしい。
私の場合はⅠ期の初期で見つかったのは、
ある意味、不幸中の幸いだったのかも知れない。

でも、もっと早く見つけられれば、
全摘手術は免れたのかな?
とも、たまーに思ってしまうけど、
もう、過ぎたことだし、今さら言っても仕方ないこと。

テレビの傍で王子が遊んでいたけど、
テレビを観て、
「月経ってなぁに?」とか聞かれたら
なんて答えようかとちょっと焦った(;・∀・)
まぁ、王子は遊びに夢中で何にも聞かなかったけど
(;・∀・)

そういえば、男の子って女性の身体のしくみとか
いつ頃から分かるんでしょうねー(;・∀・)

話は逸れましたが・・・
女性の皆さん、少しでも異常を感じたら
恥ずかしくても、忙しくても
病院に行って下さいね!

私の場合は、去年の暮れのあの時に
受診した事が運命の分かれ道だったから。
一瞬、仕事が忙しくて
「行くの止めようかな」と思ったけど、
あの時に受診してなかったら・・・と思うと
恐ろしい・・・。

婦人科のがんに限らないけど、
「がん」は早期発見出来るかどうかが
大きなポイントだと実感しているから。

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2008年5月 2日 (金)

ふたつのがん

今日5月2日は大学病院での月に1回の検診日だった。

いつものように診察室に入ると、
以前の主治医の先生とは違う先生が!

なんでも、以前の先生は同じ婦人科でも
「不妊科」の方に異動になったとのこと。

新しい先生は、今度も女性で
前の先生よりも更に若く見えた。

主治医の先生が変わってちょっと複雑な気分だったが、
患者への説明は、この先生も丁寧だった。

ところで、3月13日に受けた再手術の最終診断が出た。

「先月、摘出した子宮からがん細胞が見つかったという
お話までは聞きましたか?
その後の詳しい検査で、そのがんは、
原発である卵巣がんからの転移ではなく、
全く異なるがんということが分かりました。」

え?どういうこと?

じゃあ、私の体内には、
同時に異なるがんがふたつあったということ?

診察でも、CT検査でも子宮には異常はないと言われていたのに・・・。

ちなみに、子宮がんといったら、
子宮の入り口に出来る「子宮頸がん」を多く指すのだけど、
(がん検診でも、「子宮頸がん」の検査で、
子宮の奥に出来る「子宮体がん」の検査まではしないことが多い。)

私の場合は、「子宮体がん」だった。

このがんは、子宮頸がんとは治療も異なる。
また、比較的欧米型のがんで、昔は日本では少なかったのに、
最近は日本でも徐々に増えつつあるとのこと。

あと、未婚の人、出産経験がない、もしくは出産回数が少ない人、
高齢の人に比較的多いとも言われている。
(私は高齢じゃないし、未婚じゃないんだけど・・・。)

ステージはⅠbだったとのこと。
Ⅰbとは、
「がんの子宮筋層への浸潤が筋層の1/2以内のもの。」
らしい。

今後はこれからも、月に1回の診察と採血。
そして、時々CTで転移がないか調べるとのこと。

何か、結果を聞いてすごく複雑だった。
てっきり、原発がんである卵巣がんからの転移と思っていたから・・・。

同時に違うがんが出来ていたなんて、
私は、やっぱり「がん」に罹りやすい体質なんだろうか?

それに事前のCT検査では、見つからなかったのに・・・。
結局、顕微鏡の検査にかけないと、完全には見つけられないっていうこと?
そしたら、もしかして、今も身体のどっかに
別のがんがあるっていう可能性もない?

でも、身体の臓器を全部顕微鏡の検査にかけるなんて、
到底不可能だし・・・。

手術する前の私は、仕事も何とかして、倦怠感を感じながらも
大きな異常は感じられず生活していたのに、
その間にも二つのがんが身体を蝕んでいたなんて。。。

ちょっと、いや、かなりショックだけど、
二度の手術で二つのがんは完全に取り除いたんだから、
あまり深く考えるのは止めなくちゃ・・・。

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2008年4月21日 (月)

がんのきずあと

私は自分自身が「がん」に罹ってから、
ニュースや新聞等のメディアで、
「がん闘病記」とか、がん関連の記事があると、
目を皿のようにして、隅から隅まで読んでしまう。
病気になるまでは、正直他人事のように感じていたのに・・・。

今では、そういう記事を見ると、どこの部位に出来たのかとか、
何歳で発病したのかとか、どういった治療で克服したのかまで
細かく知りたくなる。

「がん」は突然やってくる。
いや、身体の中ではずっとがん細胞は
息を潜めていたのかもしれないけれど、

いかんせん、自覚症状がなかなか出ないのが
どの「がん」でも多いので、患者にとっては、
医者に告知されて、晴天の霹靂となる。

「がん」と告知されて、
本当に冷静になれる人ってどれくらいいるだろうか?
もちろん早期がんと進行がんでは、
患者側の気持ちも全然違うと思うけれど。

何度もブログに書いているけれど、
私は「卵巣がん」になった。

良性腫瘍か悪性腫瘍か手術で病巣を摘出して、
病理検査に出すまで分からず、ずっともやもやして、
「良性でありますように」と願っていたものの、
結果は悪性腫瘍=がんだった。
早期発見ということが救いだったけれど。

「がん」の告知を受けたら、頭の中が真っ白になったと
よく体験記に書かれているけれど、私もまさにそうだった。
でも、泣けなかった。すごくショックだったけれど涙は出なかった。

あと、「女性特有のがん」ということで、
あまりカミングアウトもしたくなかった。

でも、職場にはちゃんと報告しないといけないし、
本当は、ブログにも書くのをためらったけれど、
ここをぼかしてしまっては、本当の気持ちが書けないから書いた。

手術は最初は、がんのある卵巣だけの摘出だったのに、
再発、転移の恐れがあるということで、結局全摘手術を受けた。
これが本当に辛かった。

「自分はもう女性じゃなくなる」
気がして、最後までためらった。
でも、結果的には子宮にも転移があったので、
手術してよかったんだけど。

2回の手術を受けて、外見は何も変わっていないけれど、
やっぱり自分の中の何かが変わった気がした。

自分の身体の中にあった臓器がなくなった複雑な気持ち。
目には見えないけれど、やっぱり喪失感は大きい。

そして、もしかしたら「がん細胞」は、まだ身体のどっかに
身を潜めているかも知れないという不安感。

全摘手術を受けると、
ホルモンの関係で鬱になることもあるって聞いたけど、
今の私の鬱は、きっとそれが大きく関係していると思う。
(仕事の不安と二本立てかな?)

心のどこかで、
自分はもう女性として異質な存在かも知れない

という卑屈な思い込みがどこかであって、
(この発言、同じ病気で手術した人がもし読んだらとっても失礼ですね。
すみません。これはあくまで、自分自身のみのことですから。
間違った認識だとも自覚しています。)
その気持ちを隠そうと、今までよりもかわいらしい洋服を買い込んだり、
これ以上太らないように食事を減らしたりして、
(病み上がりにこれはやってはいけないんだろうけど、
まぁ、鬱のせいでもともと食欲ないけれど・・・)
今まで以上に
「せめて、見た目だけでも今まで以上に女性らしくなりたい。」
と変に焦ったりした。

でも、現実にお腹の傷はまだ生々しく残っている。
最近は、夏に向けて日焼け用クリームのCMがよくやっていて、
テレビで女の子の傷ひとつないキレイな水着姿を見ると、
またまた卑屈なコンプレックスみたいなものを感じて辛くなっちゃう。

あー、ここまで気持ち吐き出して、まだまだ私相当卑屈だわー
(´Д`;)

読んだ人もドン引きだろうよ、これ・・・( ; ゚Д゚)

でも、どうしても吐き出したかった。
言葉では上手く説明できないから・・・。

家の家族は男性陣ばかりだから(といっても二人だけど)
そういうデリケートな気持ちは理解できないし、
(ましてや1人は7歳の子どもだし・・・(´Д`;))

心の傷まで完全に癒えるには、
まだまだ時間がかかるかも知れないけれど、

手術しても、私は私。
女性であることになんら変わりはないんだ。

同じような病気で同じ手術を受けて、頑張っている人が
世の中にはたくさんいる。
これ以上、卑屈になってはいけないんだ。

そして、
「いのちがあるだけで本当によかった。」
と心から思えるように、心の方もゆっくりリハビリしていくぞ。

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2008年3月28日 (金)

結果

今日、退院後初めての外来受診を受けました。

今月の13日に受けた手術の最終診断が出るか出ないか
すごくドキドキして大学病院に行ったのですが・・・。
なんたって、手術前に主治医の先生から、
「摘出した臓器は、肉眼では異常は見られませんが、
顕微鏡レベルでがんが見つかる事もあるので、
病理検査にかけます。
結果によっては追加の治療も必要になるかも知れません。」

と言われていたから・・・。

追加の治療=抗がん剤治療のことなので・・・。

外来は予約していたにも関わらず、
非常に混んでいて、40分くらい経過してようやく名前が呼ばれました。

診察室に入って、主治医の先生の口から出た言葉は・・・

「この前の手術で摘出した臓器を病理検査に出した結果、
中間報告が出たのでお知らせします。
実は、摘出した子宮の奥に
ごく初期のがん細胞が発見されました。」

かなりびっくりした私・・・。
それって、どういうこと?

主治医の先生の言葉は続く。

「でも、子宮のがんもⅠ期の初期で
今回の手術で病巣は全て取り除かれたので、
追加の抗がん剤治療は必要ないと考えています。
ただ、しばらくは月に1回の外来診察で経過を見ていきましょう。」
とのこと。

ひとまず、
「抗がん剤治療は必要ない。」
という言葉にホッとしました。

「がん」に罹ってから、がん関連の書籍やサイト、
闘病記を読み漁っていた私ですが、
抗がん剤はその効き目よりも、
副作用の恐怖の方が私の脳裏にこびり付いてしまったのです。

吐き気がとってもひどいこと。
そして、女性なら誰でも恐れる脱毛。
髪の毛がごっそり抜ける事を考えたら怖くて怖くて・・・。

でも、命と抗がん剤治療とはかりにかけたら、
やはり、必要と言われたら受けざるを得ないんだろうな。
抗がん剤治療によって、命を救われた人も無数にいるんだろうし。

でも、子宮に転移があったなんて・・・。

主治医の先生の言葉を聞くまでは、
正直言って再手術を受けた事に関して、
いろんな葛藤があったのは事実です。

でも、手術を早く受けてよかった。
再手術は、私には必要だった。
これは、もう私の運命だったんだ。

そういう納得の心情です。

それに、卵巣がんに関するどの本、サイトを見ても、
私のがんの進行度のステージⅠcは、
両卵巣、子宮、リンパ節の摘出手術が当たり前のようだし。
(通常は、Ⅰcは抗がん剤治療も行われています。)

ちなみに片方の卵巣と子宮を温存出来るのは、
ステージⅠaのみの様です。
ステージⅠb以降の進行度は、ほぼ全摘手術が行われています。

子どもは王子ひとりということも、
既に決まったいた運命だったんだろう。
そしてこの病気に罹って、
この歳でもう子どもが産めない事になることも・・・。

きっと、神様は
「pinguは、不器用だから2人とか3人の子どもを育てる事は難しい。
たったひとりの子どもである王子を精一杯育てなさい。」
と言っているんだろうな。

今は運命を呪う気持ちはなく、
何とか運命を受け入れて生きていこうって気持ちです。

それにしても「がん」って知れば知るほど怖い。
いつ、再発、転移するか分からないんだもの。

それに再発、転移しても、
初期の段階では自覚症状も出ないケースが多いから、
(私は自覚症状が全くなかった。)
気が付いたら、がんが進行していたっていうケースも多いらしい。

私は二度も手術をしたんだから、もう大丈夫だって思いたい。

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2008年3月27日 (木)

退院後

退院してから、家でのんびりまったり過ごしているpinguです。
でも、精神的にはあまりいい状態ではなく、
何にもする気がしない感じです・・・。

やっぱり、再手術が私の心の中に
何らかのシミを残したのは事実のようです。

でも、どこかでいまだに現実逃避しているのも事実・・・。
「がん」になったことを心のどこかで
いまだに受け止めきれない自分がいるのです。
再入院も再手術も悪い夢を見ていた気分で、
でも、傷跡を見て、
「あぁ、やっぱり、これは夢ではなかったんだ・・・。」と
現実を見ざるを得なくなったり・・・。

ちょっと、情緒不安定かも。

二人とか三人のカワイイお子さんを連れた方を見かけると
少し感傷的になったり、

再発、転移回避の為の手術を受けたにも関わらず、
心の中にまだ、再発、転移の不安を抱えていたり・・・。

あー、上手く気持ちを表現できない・・・。

まぁ、いろいろ考えても前には進めないので、
なるべく考えないようにしなくちゃ・・・。

とにかく、今、生きているということを大切にしないとなぁ。

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2008年3月23日 (日)

退院

お久しぶりです。
私pinguは、「がん」の根治手術を受けて、
先日、退院しました。
手術の傷跡の痛みはまだ、少しありますが、
まぁ、経過は良好の様です。

突然、30代で「がん」に罹ってしまった事で、 今まで以上に
「生きること」「死ぬこと」について、 深く考えました。

「がん」という病気は罹ってみると、
想像以上に辛く、もう二度と罹りたくない病気です。
でも、失うものもたくさんありましたが、
自分の人生において、無駄ではなかったのかなとも思います。

それでもまだ、現実逃避をしたくなったり、
ふと、落ち込んでしまう時もあるけれど、
しばらくは、お仕事も休んで、お家でのんびり過ごして、
少しづつ、心身共に元気になりたいと思います。

こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。

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2008年3月17日 (月)

終わりました

お久しぶりです。
先週の木曜日の3月13日に手術をして、
無事に手術が終わりました。
2回目の開腹手術なので、
だいたいの段取りとかは、前回より分かっていました。
手術の後に、全身麻酔の影響で、高熱が出ること。
手術の2日後に麻酔が完全に切れて、
すごい痛みが来ることも…。
今はもう、だいぶ落ち着きました。
ただ入院中の病室で、夜中に眠れずに、
ふと現実を考えてしまうこともあるけれど…。
でも、手術が無事に終わったんだし、
これからもっと前向きに生きられたらいいな。
とりあえず、もう手術はしたくないです…。

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2008年3月12日 (水)

前夜

今、病院のベッドの中で、
携帯からこれを書いています。

明日の朝一番で手術です。

不安で怖くて眠れません…。

12月も手術を受けて、術後の痛みもまだ記憶に新しいし、

この手術で私自身が変わってしまうんじゃないかって思って…。

でも、改めて主治医の先生から

「癌の根治手術」
と説明を受けて、

そうだ。
私は根治する為に再び手術を受けるんだと
気を取り直そうとしている。

ただ、ひとつ気になるのが、
今回の手術で摘出した臓器を病理検査にかけて、
もしも、癌が見つかったら
「抗がん剤治療」
もあり得るとのこと。

CT検査では、見つかっていないけれど、
顕微鏡での病理検査で癌が見つかる事もないとは言えないらしい…。

どうか、明日の手術で全てを終わりにしたい。

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2008年3月10日 (月)

本音

私は、今週の木曜日に再手術を行う。

長く苦しい葛藤の末に、
王子の為に、私は生きなくてはいけないから
再発のリスクが高いまま、
残りの臓器を温存する事は出来ないと
決心した手術なのに、
考えると、怖くて、不安でたまらない。
手術を受けたら、私はもう二度と子どもを産めない身体になるし、
全摘手術の後に、体調にどんな変化が起きるか想像もつかない。

怖い。
もう、逃げ出したい。

でも、冷静に普通に考えたら、
「がん」が再発、転移する事の方が
ずっとずっと怖い。

手術を受けなかったら、
私の命の期限はすごく短くなるかも知れない。
だから、恐ろしい手術を受ける事にしたんだ・・・。

そもそも、私はどうして「がん」になったんだ?
最終的には、そればかり考えてしまう・・・。

今や日本人の3人にひとりは「がん」で命を落とすという。
だから私が「がん」に罹ってしまった事も、不思議ではないけれど、

確かにこの1年、
仕事と環境が変わってからのストレスは凄まじくて、
体調もずっと悪かった。
ストレスを上手く解消出来ずに不摂生もした。
それらが招いた結果なのかも知れない。

でも、今さら「何でがんになったんだ?」と考えても仕方ない。
現実に私は「がん」になってしまったんだもん。

最初の「がん」を取り除いても、
最初の「がん」の膜が破れていたんだもの。
再発の可能性が高いってハッキリ言われたんだもの。

もう、手術を受けるしか道はない。
今度の手術を最後に、
つらいことは全てを終わりにするんだ。

私、まだ死にたくないもの。
王子の笑顔をもっともっと側で見ていたいもの。

愛を知らなかった私が、
やっと心から愛せる存在に出逢えたんだもの。
王子を残して、まだ先に逝きたくないよ・・・。

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2008年3月 6日 (木)

王子のいた場所

再手術前なのに、昨日から風邪をひいてしまった私。
で、私がうつしてしまったのか、
今日は朝から王子が風邪・・・。
でも、熱が37、0℃とかなーりビミョウだったけど、
「ちょっとでも、具合が悪くなったらすぐに先生に言ってね。」
と王子に念を押して、王子を学校に行かせて、
私は出勤。

実は、再手術の為の入院とかその準備で来週からまた、
約1ヶ月の病気休暇を取らざるを得ないので、
せめて、今週は今以上に一生懸命仕事しようと思った。
でも、王子の事を考えると、
すっごくジレンマに陥るけれど・・・。

すると、お昼休み前に小学校の保健室から予想通りの電話。
「王子くん、熱は37,3℃と高くはないんですが、
喉の痛みを訴えています。
お母さん、お迎えお願いします。」

仕方ない。

仕事の代わりは他にいても、
王子を迎えにいける人間は、今は私しかいないから。
王子の母親も私しかいないから。

いつもの病院に連れて行くと、
そんなにたいしたことはなさそうで一安心。

眠っている王子を見るのが私は大好き。
(あ、もちろん、起きている王子も大好きだよ(;・∀・))

王子はよく、うつぶせで身体をネコのように丸めて眠る。

060819_01560001 (←こんな感じ。
いや、もっとネコみたいにまるくなってるな。
ちなみにこの写真は去年か一昨年の夏頃。
でも、あの頃から全然体勢変わってない
(;・∀・))
実は寝ている時のこの体勢は、
王子が新生児の頃から変わっていないのだ。

よく思うんだ。
王子が私の胎内にいた時は、
きっとこんな格好でいたんだろうなぁ。

約10ヶ月間、王子は私の子宮の中でずっと私と一緒だった。
約10ヶ月間、王子を育んでくれた場所。
王子を守ってくれた場所。
もうすぐ、私はその場所を私の命と引き換えに永遠に失う。

この気持ちは、うまく言葉になんかでは表現できない。
やり切れなさ、
切なさ、
うーん、どれも当たっているようで、少し違う。

ただ、一言で簡単に言えば
「かなしい」

同じ女の人なら、言葉に出来ないこの哀しみ。
少しは解ってもらえるだろうか?

例えば、すでに子宮にも「がん」が転移していたら、
それこそ、命の危機が迫っているんだから、
摘出せざるを得ない。

でも今の私の子宮は、元気なのに
(先日のCT検査でも異常はなかった。)
それなのに、摘出せざるを得ないのが
余計にやるせない気持ちに拍車を掛ける。

「でも、再発や転移してしまってからでは遅いから。」
そう自分に言い聞かせるしかない。

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2008年2月29日 (金)

告白

あのー、
本題とは全然関係ないんですが、
ここ2~3日、このブログのアクセス数が異常に多いんですが
1日に200以上とか・・・???
( ; ゚Д゚)
も、もしかして、とうとうこのブログも炎上?
私、何か失言した?
((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

心当たりは・・・
何日か前の記事にとある芸能人の名前を書いて、
それで検索で来た人が多かったみたい(;・∀・)

ま、それは置いといて・・・。

タイトルの「告白」と言っても
決して、「愛の告白」なんていいもんじゃぁありませんよ
( ; ゚Д゚)

本当は、家族とごく親しい友人以外には、
今回の手術の内容については、
決して打ち明けたくなかったけれど

(と言いつつ、公共のネットに書いているこの矛盾( ; ゚Д゚)
でも、ブログの友達は私の大切な友達だから・・・。)

来月の3月に再手術を受ける事が決まった為、
また1ヶ月近くの病気休暇を取る事になるので、
年度末の一番忙しい時期に休むからには、
職場の最低でも、同じ係の人には、
私の病状、手術の内容も全て話す必要があると思いました。

それで日付が変わった昨日、会議室に課長と係長、係員の
全員を集めて、私の病状、これから受ける手術の内容
全てを話しました。

職場の人達は、私が昨年末に手術を受けた事で
私が「卵巣がん」という病気に罹ったことはだいたい知っていますが、
反応に困る上司や同僚に
「がんと言っても初期の初期なので、
今後は月に1回の経過観察で大丈夫です。」

なーんて説明しちゃったから、
全摘手術を受けないといけないという説明を聞いた時は
皆さん、ビックリしていました。

でも全摘手術を受けないと、
いつ再発するか分からないと説明すると、課長は
「再発したら大変だから、早く手術受けなさい。
仕事の事は心配しなくていいから。」

とおっしゃって下さいました。

正直、今まで頼りない上司(失礼っ!)と思っていたので、
その言葉、うれしかったです。

係の同僚は、私と同じ世代の女性が多かったので、
何て言っていいかわからないといった感じでした。
まぁ、私が逆の立場で同僚の女性にそう打ち明けられても
きっと、かける言葉も出なかっただろうな・・・。

私も病状とか、全摘手術についての説明をしている時は、
涙を必死にこらえて、でも、声が震えてしまったけれど、
それでも、努めて明るく話したつもり・・・。

でも、私とほぼ同じ歳の同僚の女性の中には、
涙ぐんでいる人もいました。
彼女が涙をこらえている姿を見て、
私もすごく複雑な気持ちになったけれど・・・。

で、皆さんに説明して、席に戻る途中、
この前、産休に入った同僚の代替要員として
最近、アルバイトできた女の子が私を呼び止めてこう言いました。

「pinguさん、なんていったらいいのか分からないけれど、
私の身内で「がん」で18歳で亡くなった人がいるんです。
だから、pinguさんには頑張って欲しいです。」

と言葉を選びながら、そう話してくれました。

その女の子は、私より遥かに若く、すっごく美人で
今まで「キレイ過ぎて近寄りがたいなー。」なんて
変な先入観を持っていたのに(私、本当に失礼だな・・・。)
何か、一生懸命なその言葉がすごく嬉しかったです。

私がまた1ヶ月近く休む事によって、
他の職員、みんなにシワ寄せが来る事は確かなのに、
しかも年度末ですっごく忙しくなるのに、

励ましてくれた上司、後輩の言葉。
同僚の言葉にならない涙。
それをしっかり胸に刻んで、今度こそ元気になろう。

そして、病気休暇に入るまで、私なりに頑張って仕事しようって
そう思った。

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2008年2月27日 (水)

手術の日程

今日は病院の検診日でした。

主治医の先生と再手術について、いろいろお聞きしました。
私が抱えているものも少しは吐き出しました。

ステージⅠcで、膜が破れていた「がん」ということで、
残りの臓器を温存すると、再発、転移のリスクが高いから、

それで、7歳の王子を置いて先に逝くわけにもいかないから、
泣く泣く再手術を決意したわけであって・・・。
その辺の自分の気持ちも少しは主治医の先生に話しました。

私の主治医は、私と同世代くらいの美人で優しい女医さんで、
患者の訴えもちゃんと聞いてくれます。

再手術を決意したはいいものの、
やはり、女性としての機能を失うのはつらい旨も話し、
変な言い方だけど、
再手術して、もう片方の卵巣と子宮を摘出したら、
女性の機能を失って、見た目も女っぽくなくなるのかな?
とか(汗)

まぁ、今でも決して「女らしい」とか
「色っぽい」とは縁遠い私ですが・・・
( ; ゚Д゚)

童顔だし、子どもっぽいし・・・。

すると、主治医の先生、
首を大きく、横に振りながら

「いえいえ、決してそんなことはありません。
見た目は今と全く変わりませんよ。
退院後の生活も今と全く変わりなく出来ますよ。
夫婦生活も。」

「見た目は全く変わらない」
と断言されてホッとしたけれど、

先生、すっごくさりげなーく、
「夫婦生活」なんて四字熟語を入れてきたっ!
( ; ゚Д゚)

いや・・・それは、あんまり今の私には関係ないので・・・(汗)
だんなさんは一応いるけれど、
ぶっちゃけ、そういうのもう全然ないし(汗)
あれば、きっと王子に
ひとりっ子という宿命を背負わせずに済んだだろうに・・・。

まぁ、あっても二人目を授かるかどうかは、
神のみぞ知るだけど。

ただ、どうしても「更年期」の症状は出るので、
若くして病気で、子宮、卵巣を摘出した場合は、
ホルモンの補充療法を行うとのこと。

更年期症状って・・・(涙)

あと、その再手術ですが、
来月の3月に行うことがほぼ決まりました。

3月っていったら、年度末でどの職場も忙しい時期。
そんな時期に再手術でまた1ヶ月近く病気休暇をとるのは、
職場に迷惑掛けるって十分分かっているけれど、
この手術は、再発、転移回避の手術だから、
仕事が暇になる時期まで
のんびり待ってはいられないのが正直なところ。

私の今の仕事は5月まで忙しいので、
じゃあ、仕事が少し暇になる6月まで待つ?
なんてのんびりしているうちに、
再発する可能性だって十分ある。

6月っていったら、4ヶ月も先だし、
4ヶ月の間に、「がん」が再発、転移したら、
私が今まで悩みに悩んで、
決意した全てが無駄になってしまう・・・。

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2008年2月19日 (火)

自暴自棄

昨年末に発症した「卵巣がん」
膜が破れていたということで、
初期でも再発のリスクが高いと言われ
(データでは、10人にひとりの割合で再発するらしい。)
再発のリスクを回避する為に、
残りの卵巣と子宮の全摘手術を受けると以前書きました。

手術について、だんだん具体的に話がすすむにつれて、
一度は延命の為にも手術を受けると決心したものの、

「やっぱり全摘したくない!」
「でも王子の為にも生きなきゃ。」という

二つの思いで、頭が混乱して
正直、もう気が狂いそうです・・・。

この現実から逃げ出したい。
でも、私は逃げられない・・・。

つらくて、苦しくて、
そのストレスからか、肌荒れはますます酷くなるし、
夜も一度眠っても、すぐに目が覚めて眠れません・・・。

3時間くらいしか眠れない・・・。

ちょっと、自暴自棄にすらなっています・・・。

そして、自分の人生で一番辛い時に
誰が本当に信用できて、
誰が本当は信用できないか
というのも
いやというほど分かりました。

友人は本当に心配してくれる。
友人の大切さも今回の事で実感している。

私のことを本当に心配してくれるリアル友。
(たぶん、ここを見てるはず。)
本当にありがとう!
そして、こんなデリケートでコメントしづらい内容なのに
一生懸命コメントしてくれたブログのお友達、
mixiのお友達、本当に感謝してます。

でも配偶者も含めて、身内って一体なんだろう?

ある身内の女性(私より年配)は、
「子宮なんて、なくたっていいのよー!
子どももひとりはいるんだし。」

と無神経に言うし、
(全く同じ言葉を違う身内二人に言われた。)
同じニュアンスにしても、もっと言い方あるだろうと思った。
それでも、気を使ったつもりなの???
でも、言い方が無神経過ぎて傷ついた。

実の母は、精神の病と人格障害があって、
「がん」のことすら言えない・・・。

一番、支えあうはずの夫婦もやっぱり他人というか、
本当に仮面夫婦だった・・・。

仕事が忙しいのも分かるけれど、
そもそも上司に妻の病気の事言ったのか?
って感じだし、
女性として一番つらい手術をする
妻と向き合う気持ちが全然感じない。

きっと、私がどんなにつらいか、
私が配偶者の目の前で大声で泣かないと
本当に気付かないんだろう・・・。
それくらい鈍感な人だから。

本当は大声で泣きたいよ。
でも、泣きたくても涙も出ないよ・・・。

私が手術で入院する間、
王子の世話をする人がいないって
私が悩んだら、
自分は仕事を定時に帰れないのに、
「家政婦さんを頼むのも、赤の他人だし・・・。」
と最初は躊躇したかと思えば、
「じゃあ、自分が(家政婦さんを)探す。」
と言っておきながら、
結局は家政婦さん探しも、私しかやる人いないし・・・。

私、大声で「つらい。」って言いたい。
でも言えない。

今日車の運転中に、ひとりで叫びだしそうだった・・・。
このままじゃ、本当に発狂してしまいそうだ。
いっそ、発狂した方が楽になれるかな?

でも、私には王子がいるんだもん・・・。
王子の為に「生きる」って決めて、
女性として一番つらい手術を受けるって決めたんだもん・・・。

私が王子くらいの子どもの時に
母が精神の病を発症して、
私、すごく辛い思いをしたから、
王子には、そんな思いをさせちゃだめだよなぁ・・・。

自分がこの病気になってから、
私と同じ病気に罹った方のサイトやブログを探して
いくつか読んでみた。

子宮や卵巣を全摘した皆さん、
きっと、すごく辛くて不安で仕方なかったでしょう。
なのに、皆さんすごく前向きで、
私はこんな自分がとても情けなくなる。

こんなことを書いたら、怒られそうだけど、
でも、今の私はまだ、自分の運命を受け入れられない。
本音を言えば、運命を呪いたくなる。

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2008年2月14日 (木)

手術について・・・。

私の「がん」の今後の治療方針について、
主治医の先生が
「pinguさんのご家族ともお話がしたい。」と
おっしゃっていたので、日付がかわって13日(水)の夜、
私たちは大学病院に行き、主治医の先生から
改めて、私の「がん」についての説明があった。

「がん」がごくわずか破けていた事で、
残りの卵巣と子宮を残していたら、
再発のリスクがあることを改めて説明された。

ちなみに、私のようなステージ「ⅠC」のがんで、
その他の臓器を温存した場合、
再発する可能性は最近のデータでは、
10人に約ひとりと言われた。

今夜、直接説明を受ける前から、
私の心は、ずっとずっと悩みつつも

「女性のアイデンティティ云々よりも、
まずは命ありきだから、
つらいけれど手術を受けよう。」

という気持ちになっていた。
でも、現実にまた手術で私が入院となった場合、

学童保育が終わってからの
王子の面倒を見る人がいない・・・。

この前の手術の時は義母が王子の面倒を見てくれていた。
その事はスゴク感謝している。

で、義母に、今の私のがんの状況を説明して、
再発のリスクを防ぐ為に
また手術をすることを勧められましたと話したら、
困った顔で、

「もうじき、お兄ちゃん(だんなさんのお兄さん)のところ、
赤ちゃんが産まれるのよ。
お兄ちゃんのお嫁さんのお母さんはご高齢だから、
私が産まれて来る赤ちゃんの面倒をみないといけないの。」

ともう、王子の面倒は見られないと言われた・・・。

新しく生まれて来る命が何より大事って頭では分かっているけれど、
正直、大好きな義母にこう言われて
少なからずショックを受けたのは事実・・・。

普通は、自身の実家に子どもの面倒をみてもらうものですが、
私の母は、精神を病んでいて、5分も子どもを預けられないし、
父も遠くで、父の母(私の祖母)の介護をしていて、
私が入院中も来る事が出来ない・・・。
私はひとりっ子なので、頼れる兄弟姉妹もいないし・・・。

何日か前に半ばヤケになって、だんなさんに
「私が入院しても誰も王子の面倒を見られないんだよ。
私、やっぱり手術止める。」

と子どものような駄々をこねたら、だんなさんは
「その間は、俺が王子の面倒見るから。」
と言ってくれた。

でも、だんなさんの仕事は超忙しく、
ここんとこ毎日、夜中の12時前後に帰ってきて、
休日出勤もしている状況。

王子を面倒を見るためには、夕方の6時半には
学童保育にお迎えに行かないといけない。
その為に私も仕事を定時にあがらないと、
お迎えに間に合わない状況・・・。

だんなさんに
「仕事、忙しいんでしょ?
私が入院している間、10日から2週間近く
毎日、定時に帰ることが出来るの?」

と聞き返したら、だんなさん、黙ってしまった・・・。

なんか、私も子どもみたいだけど、
世界で私ひとりぼっちみたいな
どうしようもない孤独に陥ってしまった・・・。

みんな、仕事とか、介護とか、病気とかそれぞれに
事情を抱えているのは分かるけれど、

私のいのちって、ちっぽけなのかな?・・・って。
(王子にとっては、かけがえのない存在と信じたいけど。)

本当に、身内で王子の面倒を見てくれる人がいない状況・・・。
手術を止めるか否かまで、悩んでしまう・・・。

最終的には、家政婦さんを雇うという方法もあるけれど。
本当にその方法しかないのかも・・・。

今夜、一緒に主治医から「がん」の状況と手術のことを
私と一緒に聞いていただんなさん。

普通は、こんな話を聞いたら
「手術のことだけど・・・。」とか
話をするのが普通と思った。
それでも、話をする気配もなくテレビを観ていたので、

私から王子が寝た後に、改めて話をしようかなと思ったら・・・

だんなさん、王子より先にいびきをたてて寝てしまった・・・。

もう、既に私に愛情はないけれど、
やっぱり、こういう人なんだな・・・と
がっかりというか、失望というか、
やり切れない気持ちでいっぱいになった・・・。

本当に今は、手術で臓器を失うショックよりも、
孤独感の方が強くてたまらない・・・。

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2008年2月 7日 (木)

泣きたい・・・。

今日、職場に私の主治医の先生から直接電話があった。

私の「がん」の今後の治療についてのことだった。

主治医の先生曰く

「pinguさん、お仕事中にすみません。
実は、pinguさんの「がん」の治療についてなんですが、
あれから婦人科の医師達と
今後の治療方針について話し合ったんです。

pinguさんの「卵巣がん」は、たとえわずかでも破れていたので、
やはり、再発や転移のリスクがあるので、
pinguさんが今すぐにお子さんをお望みでなければ、
やはり、もう片方の卵巣と子宮の全摘手術を
受けるのが一番最良の治療だという結論に達しました。
その事について、近いうちにご家族の方ともお話したいのですが。」

という内容でした。

要するに、「がん」の再発や転移のリスクが高いので、
全摘手術を受けるのがベストだと・・・。

しばらくは、月に1回外来受診して
経過観察でいいと思っていたので、
目の前が真っ暗になった。

本当は全摘手術などしたくない。

子どもを産む予定は、おそらくもうないけれど、
それでも、「女性としての機能」
を完全に失うのはつらすぎる・・・。

でも、いのちには代えられない・・・。
それも分かっている・・・。

世の中には、「女性特有のがん」で
子宮や卵巣を全摘した女性もたくさんいることでしょう。
きっと、皆さん、すごく辛い思いをしたことだろう・・・。

今日一日、ずっと泣きたかった。
でも、仕事で必死に紛らわした。

今も泣きたい。
すごくつらい。

偶然にも、今日から産休に入った同僚がいた。
また、今月にはだんなさんの兄嫁が赤ちゃんを出産する。

実質、「仮面夫婦」で漠然ともう子どもは諦めていたけれど、
それでも、二度と子どもを産めない身体になると思うと切ない。

新しい命を宿している女性の方々がすごくうらやましい。

私の女性としてのアイデンティティーはどうなるの?

神様、どうして私は「がん」になってしまったのですか?
どうしてこんな試練を受けないといけないのですか?

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2008年1月31日 (木)

命の授業

今日は、退院して職場復帰してから始めての残業。
家に帰ってテレビをつけたら、
「アンビリーバボー」の途中でした。

いつもは洗濯とかして、スルーするけれど、
今日の特集が
「がんを克服した先生のお話」

だったので、つい見入ってしまいました。

その先生は、高校の養護教諭で
乳がんを患い、がんのある部分の温存手術
(私の記憶では確かそうだったはず・・・。)
を受けたのですが、
「がん」という病気に罹ったことで、
「生きること」を真剣に考え、生徒達に
「命の授業」を行うのです。

その後5年が経ち、その先生は残念ながら
がんの再発をして、再度手術を受けるのですが、
それでも、先生は、色んな人たちに
「生きることについて」の授業を行うのです。

幸い、その先生は今も病気と闘いながら頑張っているとのこと。

私が心に残ったのは、

「人は他人から借りをつくって生きている。
そして、生きるとはその借りを返すことだ。
人は誰でもひとりじゃ生きていけない。」

(言葉は間違っているかも知れないけれど、
そんなニュアンスでした。)

なんか、ずっしりきました。

私は、今まで誰からも借りをつくりたくなかった。
でも、そうした心の壁が
自分自身を孤独にしているんだなと
気付いた気がします。

私も「がん」という誰でも一度は「死」を考えてしまう病気に罹って
(今は、早期発見でがんもどんどん生存率が上がっていますが、
告知を受けたら、一瞬でも「死ぬの?」って考えますよね?)

これからの人生、どう生きるか、もっと真剣に考えないとな。

まぁ、私はテレビに出ていた先生のような凄い事は出来ないけれど、
ただ、再発に怯えるだけじゃなくて、
何かを残して、何かをやりたいなと思った。

私にしては、珍しく前向きだけど・・・。

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通院

今日は、「卵巣がん」術後の経過観察の日でした。
(あ、もう昨日だ・・・。30日(水)の事。)

とりあえず、病理検査の結果が悪性のがんということで、
再発していないか、
月に一度経過観察で通院する事になっているのです。

私は卵巣がんステージⅠCで、

(詳しくは、ここのサイトをクリック。)

「卵巣がん」

ステージⅠCは、がんの病巣が破れている状態なので、
本来は、再発や転移のリスクを回避する為に
がんじゃない卵巣や子宮も全て摘出するみたいです。

ただ、私のがんはステージⅠCといっても、
破れていたのは本当にわずかな部分で、
主治医の先生も
「Ⅰaに極めて近いⅠC」
と言っていました。

前回の受診でがんだったという告知を受けた時も
今のうちに残りの卵巣と子宮の摘出手術を勧められたのですが、
なかなか決心がつかず、

「今は何ともないのに、健康な臓器を摘出する必要があるのか?」

「もう、おそらく子どもを産む予定もないし、
再発の不安に毎日、怯えるよりも手術した方がいいのでは?」

という二つの思いの間で毎日揺れ動いているのが正直な気持ちです。

今日の診察の時も、主治医の先生にまだ手術について、
決心がつかずに悩んでいる旨を正直に話したら、

先生も私の気持ちを尊重して、
「もう一度、婦人科の医師みんなで話し合った上で、
pinguさんの意思を尊重しながら、月に一度経過観察しましょう。
そして、半年事にCTとMRIの検査もしましょうね。」
ということに。

主治医の先生は、見た感じ私と同世代ぐらいの若い女医さんなので、
同じ若い女性としても、私の悩み、葛藤を分かってくれるのかも知れません。

その後の診察では、術後の状態は
「異常なし」とのこと。

ホッとしました。

でも、がんは罹ってから5年間、
再発しないで初めて完治と言えるらしいので、
まだまだ楽観視は出来ません。
しかも、摘出前のがんは、
ほんの少しといえ破れていた状態だったらしいし・・・。

これからも、私は手術を受けるべきかどうか毎日悩むだろう。
でも、術後の痛みは半端じゃなく辛かったし、
全部摘出してしまうと、自分が女性じゃなくなってしまう気がして・・・。
(今まで自分が女性である事を嫌悪していた部分があったのに。)

こんな事を書いたら、
がんで全摘出手術を受けた女性の方に失礼ですね。
読んで、気分を害した方がいたらごめんなさい・・・。

でも、いのちを大切に思うなら、手術が嫌なんて
子どもの駄々みたいな事も言っていられないんだよな・・・。

今日は仕事を休んだので、病院の受診後少し時間があったから
映画でも見ようかな?と思ったけれど、
心身共になんか疲れていて、結局映画を見ずに帰ってきました。

「陰日向に咲く」か「スゥイーニー・トッド」
を見たかったんだけどな。

でも、今の不安定な精神状態で
「スゥイーニー・トッド」を見るのは危険かなぁ?

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2008年1月14日 (月)

これから・・・。

自分が「がん」だった事が確定して、
正直、精神的にかなり不安定。
現実逃避しそうになるし、
(「がん」だという事実を忘れたくなる。)

ただでさえ、鬱で不安定なのに、
さらに不安定な精神状況になった。

一番の気がかりは、やはり
「再発」

幸い初期のステージⅠで(Ⅰcだけど・・・。)
転移も今のところはないから、不幸中の幸いだけど、
がんだった臓器がほんのわずかに破れていた事を
主治医から聞かされて、なんとも・・・・。

どの「がん」でもそうだけど、
私も「再発」の影に怯えて生きていくのか・・・。

あと、「がん」によく聞かれるのが
「5年生存率」
卵巣癌Ⅰ期の場合には、
5年生存率は91%、
10年生存率は83%とかなり高い数値ではある。

(国立がんセンター がん対策情報センター、
がんサービスセンターのサイトより抜粋)

まぁ、がんの再発じゃなくても、他の病気に罹ったり、
急に事故にあって、いのちを落とす場合もあるけれど・・・。

だから、そんなに悲観することもないのかも知れない。

あと、考えるのが「仕事」のこと。
ただでさえ、「仕事」は私にとって、最大のストレス要因。
その上にいつ再発するか分からない爆弾を抱えて仕事するのは、
今まで以上にしんどい気もする・・・。

「仕事している間は、病気の事を忘れられるよ。」
との励ましも頂いたけれど、どうなんだろう?

私にとって、仕事はつらいことを忘れる気晴らしにはならないし、
それに、最低でも月に1回は外来で経過観察を受ける為に
仕事を休む事になるから、周りも使いづらくなるんじゃないかなぁ?
ま、それは周りが判断する事で、
私が考えることでもないかも知れないけれど。

で、私に対して、今まで無関心に見えて、何も言って来なかった
だんなさんが珍しく私に向かってこう言った。
「仕事、辞めてもいいよ。」

「がん」になる前から、私が仕事の事で精神的に参っていたのは
知っていたし、「がん」になってしまったことで、
(一応、今のところは病巣を取り除いて、治った事にはなっているけれど。)
私が精神的に仕事を継続する事が無理と思ったようだ。

まぁ、そうなんだけど・・・。

実際のところ私が仕事を辞めても、
家族3人が食べていく分には困らないと思う。

うーん、非常に悩む・・・。

正直、これから、「爆弾」を抱えた身体で、今までどおり
週休2日のフルタイムで働くのはしんどいな・・・って思っていたから。

もちろん、私自身もずっと「仕事辞めたい」と思ってきたけれど、
ここまで頑張ってきたからには、あともう少しは頑張れるかな?
という気持ちもあるのもまた事実・・・。
矛盾してるけれど。

とりあえず、一旦は仕事復帰して、今までどおりの勤務形態では、
体力的に持たないと感じたら、その時は決断しようかなとも思う。

なんか、背負うものがまた一つ増えたな・・・って感じ。

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2008年1月11日 (金)

最終診断

今日、大学病院の外来を受診しました。
もともと予約していたのですが。

で、今日、腫瘍の最終診断を聞きました。

摘出した腫瘍を病理検査した結果、
やはり私の腫瘍は悪性だったとのこと。

要するに、私の病気は「卵巣がん」だったわけです。

手術前から主治医に
「悪性の可能性が高い。」

と言われていたので、
(腫瘍マーカーというがんを示す数値も高かった。)
ある程度、心の準備は出来ていたのですが、
やはり、それが確実なものと分かると
私の頭の中は真っ白になりました・・・。

但し、極めて早期で発見でき、
速やかに手術で病巣を摘出出来て、
転移もないとのこと。

卵巣がんは、普通はほとんど自覚症状がない為に、
発見した時は既に他の臓器に転移している場合が多い故に
死亡率も高いがんのひとつらしいです。

その点では、私は早期発見できて不幸中の幸いかも知れません。

で、がんの場合はその進行度によってⅠ~Ⅳ期まであるのですが、
(その進行度をステージといいます。)

私の場合は、片方の卵巣のみにがんが留まっていたので
Ⅰ期とのこと。
ただし、Ⅰ期の中にもまた、a~cと段階があるのですが、
主治医の先生曰く、私の場合はほとんどⅠaに近いけれど、
摘出した病巣が卵巣に止まっていても、
袋状のがんの壁がほんのわずかに破れていたとのことで、

限りなくステージⅠaに近いⅠcということらしいです・・・。
(それも非常に微妙な診断だ・・・。)

「これから、どんな治療をするんですか?」
と主治医に恐る恐る尋ねたら、

がんは、再発の可能性が少なからずあるので、
やはり残りの卵巣と子宮を全摘する手術が
再発のリスクを回避する一番の方法とのこと。

ただ、これは今すぐに決めなくてもいい。
患者さん(私)がよく考えて決めて下さい。
と言われました。

もしも、私が60歳以上の高齢の患者だったら
迷わず、卵巣と子宮の全摘手術を勧めるのですが、
まだ30代という年齢のこともあって、
その辺は患者の意思を尊重して慎重にしたいと
いうのが主治医の先生の考えらしいです。

なんて難しく、つらい選択なんだろう?

確かに私には王子というカワイイ子どもがひとりいる。
もう、子どもを産むことはないかも知れない。
それでも、女性の機能を全て失う事はかなりの抵抗がある。

かといって、再発の影に怯えて生きているのもきついし・・・。

とりあえず、今は月に一度外来受診して経過観察することになりました。

あと、今のところはきれいにがんは手術で取り除いて、
他の臓器への転移もないので、
抗がん剤などの化学療法を行う必要はないとのことです。

仕事も私の体調がきつくなければ、
来週から出勤して構わないとのこと。

「がん」・・・今は日本人の3人に1人は
何らかのがんに罹ると言われているけれど、
まさか、私自身が30代で罹るとは思わなかった。

今は、再発の事が気がかりです。
ただ主治医の先生は、
私のがんは再発しにくいがんの種類とは言っていましたが、
再発するか、しないかは何とも言えないとのこと・・・。

なんか、「最終診断」が下されてから、ずっと頭の中が真っ白で、
心ここに非ずって感じです・・・。

人生で、最も大きい試練の一つかも知れない。

でも、神様はその人に乗り越えられない試練は与えないって
そう信じたい。

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2007年12月27日 (木)

手術

さて、自宅療養中のpinguですが、
今回、生まれて初めて「手術」なるものを経験しました。

今回は、その手術体験記なるものをちょっくら書いてみます。
手術を受けたのは12月17日(月)
手術は、開腹手術。要するに「切腹」です(冷汗)

前日の夜9時から水分も摂れない絶食。
前日は色々と不安になるものの、
手術の経験がないだけに、想像も尽かず
暗闇の中を手探りで歩いているような心境。
(それでも、しっかりと「風林火山」の最終回は病室で見たけどw)

あと、手術前ということで病室は個室。
そのせいか、まぁ快適ではありました。
あと、病室のテレビは1枚千円のテレビカードを買って
見るというシステム。

手術当日。
手術は朝9時からという事で、8時半には病室を出て手術室へ。

テレビでみるようなストレッチャーで運ばれるというのではなく、
普通に歩いて手術室まで行きました。

まず、その時の不安は「麻酔」
麻酔が効かなかったらどうしよう???
と今思えば全く不必要な心配をしていたのですが・・・。

手術室に入る前に「手術着」なるものに着替えて、手術室へ。
手術室って、最近まで食いつくように見ていた
ドラマ「医龍」のイメージがあったのですが、
私が入った手術室は、医龍で見ていた手術室よりも小さかったです(;・∀・)
「これが、手術室かぁ」
とドキドキした私に、ドクターだかスタッフの方に
手術台のベットに横になるように言われ、そこで麻酔を打ってもらうことに。

私の場合は、全身麻酔+硬膜外麻酔
でしたが、その硬膜外麻酔は背中に注射するんですよ。
これが何とも痛かった(>_<)

その後、「次に眠くなる麻酔をしますからね。」
麻酔医の先生に言われ、
「本当に意識がなくなるのかいな?」
とまだ半信半疑だった私。
その時、王子のことが脳裏に浮かんだのはしっかり覚えています。
 

で、次に覚えているのは


「終わりましたよ。」
という声。
さすが全身麻酔!(当たり前かw)
手術は三時間弱だったかな?

意識が戻っても、麻酔の影響かまだボーっとしていた私。
よくテレビドラマで見るような酸素マスクをされ、
ストレッチャーで病室まで戻ることに。

当日はもちろん、翌日も完全絶食。

手術後当日は、まだ麻酔も効いていたので、比較的元気で
夜に病室で「ガリレオ」の最終回を見ていたら、
看護師さんにびっくりされました(;・∀・)

ただ、術後、2日くらい熱が出てしまいましたね。
38℃くらい・・・。

でも、熱は大した事なかった。
その後に起きた事に比べれば・・・。

手術が終わって2日目(翌々日)の朝。

ものすごい激痛が・・・( ; ゚Д゚)
ちょうど、麻酔が切れた時だったみたいで、
想像を絶する痛みでしたよ(゚Д゚;)

もうあの苦しみは味わいたくないよ・・・。

しばらくは、起き上がったりするのもきつかった・・・。

これを書いている今は術後10日で、まだ傷口の痛みもありますが、
願わくば、もう手術は受けたくないー!
というのが本音ですね(;・∀・)

でも、この手術で身体の中の悪いものをとる事が出来たのだから、
手術に関わったドクターやスタッフの方には心から感謝しています。

まぁ、しばらくは傷口が開かないようにおとなしくしています。
(普段もおとなしいですけどw)

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2007年12月26日 (水)

退院

ご無沙汰してます。pinguです。
過去の記事では、皆様から温かいコメント
本当にありがとうございます!
すっごく励みになりました。

pinguは、クリスマスの日に何とか退院できました。

入院中は「早く帰りたいなー。」
と思いつつも、
「傷口の痛みが治まるまでは、病院に居たいなー。」
とも思う、相反する矛盾した気持ちでいたのですが、

まぁ、大学病院も在宅で療養出来る患者をずっと入院させておく
ベットの余裕もないんでしょう。

それにクリスマスは、家に帰してあげたいという
主治医の先生の好意もあったと思います。

病院では主治医の先生はじめ、
看護師さんにも本当にお世話になりました。

お医者さんって本当にすごいな。
看護師さんの仕事も本当に頭が下がる思いです。
私にはとても務まらない仕事ですよ、本当に・・・。

久しぶりに王子と遊べてうれしかった。

ここまで書くと、退院して幸せいっぱいと思うでしょう。

でも、実は、幸せの反面、今、いろんな感情が頭の中グルグルして
自分でも混乱している状況なんです・・・。

まず、手術の傷口がまだ痛い( >Д<;)
大きい声を出しても傷口に響くし、
笑っても傷口に響く。
(大好きなお笑いも観たら幸せだけど、心から笑えない・・・。
Mー1グランプリを入院中見ていたけど、
笑いをこらえるの大変だった・・・orz)
あと、咳込むとかなり傷口に響きます。゚(゚´Д`゚)゚。

痛みのせいで、かなり精神的にブルーになっています。
手術後の傷の痛みがこんなに酷いとは思わなかった・・・。

あと、私が今、元気になれない理由がもうひとつ。

手術は先週の月曜日に受けて、その時に腫瘍も摘出したのですが、
その腫瘍が良性か悪性かの最終判断がまだ出ていないんです。
病理結果が出るのがだいたい摘出して2週間後くらいみたい・・・。

まだ「悪性」という可能性も十分あるわけで・・・。
まぁ、腫瘍はキレイにとって、他の臓器は問題ないようなんですが、
もし、悪性だったら今後の治療法も変わってくるみたい・・・。

「悪性=癌」というわけで・・・。

でも、今は早期発見なら癌も治る病気なので、
そんなに気に病む事でもないんですが。

いろいろ考えても仕方ないって頭では十分分かっているんですが、
余計な事を考えてしまう私の悪い癖はまだまだ治らないようです(涙)

あと、主治医の先生から仕事復帰は一ヶ月後くらいと言われたので、
1月中旬までは、病気休暇をとることにしました。

入院中も今でも、仕事に戻りたいとか、仕事に復帰したいと
全く思わなかった、いや逆にこのままもう、仕事したくないな・・・と
思ってしまう私は、
やっぱり根っから仕事好きではないと改めて思ってしまいました・・・。
あと、仕事がストレスの大半だったという事も、あらためて認識・・・orz
私、やっぱりダメな奴だな・・・。

・・・ってヤバい。
また自分自身悪い方向に行ってしまいそう・・・。

とりあえず、少しでも前向きに療養生活送らなくては・・・。

なんか、久しぶりのPCからの更新で
文章にまとまりがつかなくなってしまったので、
今日は、そろそろこの辺で。

心配して下さった皆さん、本当にありがとうございました。

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2007年12月21日 (金)

入院生活

お久しぶりです。
日曜日に入院したpinguです。

17日の月曜日に腫瘍摘出手術を受けました。

生まれて初めての手術はやはり怖くて、不安で…。

でも麻酔ってすごいですね。
いつの間にか麻酔が効いて、気がついたら手術が終わっていました。

私が意識がないうちに無事に腫瘍は摘出されました。

術後、摘出した腫瘍を主治医から見せてもらいました。

通常は親指位の大きさと言われている卵巣が、例えると野球ボールをもう少し大きくし、
楕円形にしたようになっていました…。
もし、私が体調の変化に気付かずに野球ボール大の腫瘍が体内に入ったままだったら私、どうなっていただろう…。

術後2日経った朝は、麻酔が切れて、すごく痛かった…。

今も咳き込むと傷口が痛みますが、

入院生活は少し寂しいですが、
退院までもう少し我慢します。

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2007年12月16日 (日)

手術前夜

手術前夜
皆さん、コメントありがとうございます!
今日の昼に入院しました。
ちなみにこの記事は、
携帯からの更新です。
で、手術前ということで初めて個室部屋です。
のんびり出来ますが少し寂しいです(汗)主治医のドクターは、若くて優しくて美人な女医さんです。本当に病状説明も丁寧で、患者の言葉にきちんと耳を傾けて下さるので、
とても安心です。
看護師さんも、本格的な手術は初めての私にとてもよくして下さいます。
いい病院スタッフに恵まれてよかった。明日、朝には手術です。
開腹手術なので、
全身麻酔です。
色々不安もありますが、何とかガンバります。
今夜、眠れるかなぁ?

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2007年12月15日 (土)

入院前夜

ついに明日のお昼に入院です。
そして、明後日の月曜日には朝一で手術です。

今は入院に持って行くもののチェックとかしています。
ただ、昨日から咳が出て、ちょっと心配・・・。
咳ってお腹に負担がかかるから、術後大丈夫かな?とか。

不安もいっぱいあるけれど、
いろんな思いが交錯するけれど、
とにかく、今は無事に手術が成功する事だけを考えます。

昨日の記事でたくさんのコメントうれしかったです。
本当にありがとうございます。

あと、リアル友達からのメールもすごくうれしかった。

でも、一番うれしかったのは、
去年の職場の上司で、私が「お母さん」
と慕っている方から、突然電話が来た事。

仕事最終日に、つい「もうひとりのお母さん」
甘えたくなってメールしてしまったんです。
すると、その日もすぐにメールの返信があって
励ましてくれたし、
電話でも、
「心配ないから、手術頑張りなさい。」
と本当に優しいお言葉を掛けて下さったので、
思わず、私、泣いてしまいました・・・。

私、幸せ者だな・・・。

ただ、唯一の懸念は実の母の事。
精神的にかなり不安定な人なので、
(明らかに精神的な病も持っています。)
私の病気を知ったら、取り乱して、
思いもよらぬ行動を起こしてしまいそうで、
(例えば、病院で大騒ぎするとか・・・。)
私、病気の事を話すのをためらったくらいです。
でも、手術もするのに、実の親に話さないわけにもいかず。。。

この事が病気以外での気がかりです・・・。

でも、とりあえず、今は手術の成功と
術後の経過が良好で早めに退院できる事だけを考えますね。

それでは、頑張ってきます!

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2007年12月14日 (金)

決定

今日はCT検査を受けました。

で、主治医の先生から、
おとといの採血の結果、私の腫瘍は
「悪性の可能性も高い」
と言われました。

一瞬、頭の中が真っ白になりましたが、
早期で発見できているので、
手術で早く腫瘍を摘出すれば大丈夫です。

とも言われました。

今は、とにかくその言葉を信じています。

「予定よりも早く手術しましょう。
手術室の予定が確認出来次第、こちらから
入院の日取りは、電話で連絡します。」
と主治医に言われました。

で、少し寄り道をして家に帰ると、
早速、病院から電話がありました。

「来週の月曜日、17日に手術が決まりました。
急ですが、前日の日曜日、16日に入院できますか?」

とのこと。

いつでも、入院できるように、「入院グッズ」みたいなものも
ひととおり買ったし、私に断る理由もなかったので、
少し早いなと思ったけれど、
「はい。」
と即答しました。

明後日、入院。
しあさっての朝一の遅くても午前9時には手術室に入るそうです。

すごく、慌しく決まりました。

本音はすごく不安です。

でも、電話で先生が
「CT検査の結果は、他の臓器は全く問題ありませんでした。
腫瘍のある片方の卵巣だけを摘出します。」

とおっしゃっていたので、少し安心しました。

帰りに、入院生活が退屈しないようにと
本をたくさん買ったのですが、あと、
もしかしたら、一緒にクリスマスを出来ないかも知れないと思い、
クルクル回る、ドーム型のクリスマスツリーを買いました。

それを見た王子は大喜び。

でも、「実はね、ママ、ちょっと入院するんだ。」
と言ったら、一瞬、黙ってしまった王子。

王子には、寂しい思いをさせるけれど、
早く元気になって、王子に心からの笑顔を見せよう。

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2007年12月12日 (水)

転院

前回、今まで通っていた病院から大学病院への紹介状を
書いてもらったことを記事に書きました。

で、今日、朝からその大学病院に再検査を受けに行きました。

初めて受診する大学病院。
やっぱり、何か物々しい雰囲気?
「白い巨塔」のイメージが強いからかな?

診察の科も多く、患者さんも多く、
初診の私は、やはり待ち時間も長かったので、
気休めに持ってきた文庫本が役に立ちました。
途中まで読んだ文庫本「チームバチスタの栄光」
思いっきり大学病院が舞台のお話なんですが・・・。

で、再度、大学病院で診てもらった結果・・・

卵巣という臓器は普通は親指くらいの大きさらしいが、
これが7cm以上に肥大すると、とった方がいいとのこと。
で、私の腫瘍は10~11㎝にもなっているので、
良性、悪性問わず、一刻も早く治療をした方がいいと言われました。

「それは、手術ということですか?」

とあらためて問い直す私に、ドクターは、

「はい。お腹を切らない方法もありますが、
この大きさだと、お腹を切って手術した方がいいですね。」
と落ち着いた顔で言われました。

逆にここまで落ち着いて言われると、
もう、私も「はい。お願いします。」
と納得せざるを得ない感じでした。

あと、良性か悪性かの最終的な判断は、手術で摘出して、
その摘出した腫瘍を見ないと何とも言えないらしいです。

私の場合は、急に腫瘍が大きくなっているようなので、
一刻も早めに手術をした方がいいとのことです。

来週末か再来週の初めには手術になりそう・・・。

今年は、クリスマスも大晦日も入院生活です。
というか、もしかしたらクリスマスの日に(25日)
手術の可能性大です。

あぁ、今年は王子と一緒にクリスマス出来ないな。
プレゼント、どうしよう?
と、
そんな事をドクターの説明を聞きながら、ぼんやり考えました。

でも王子の為にも、
悪いところは今年中に手術でとってもらって、
早く元気になろう・・・。

「麻酔、ちゃんと効くかな?」とか
「術後、傷口が傷むんだろうな。」とか
いろんなことが不安ですが・・・。

あと、私に非常に落ち着いて分かりやすく病状説明と手術の必要性を話していた
ドクターは、教授でした。

大学病院の教授ってどういう人なんだろう?
って「白い巨塔」や「医龍」を読んで関心を持っていた私は、
妙に納得しました・・・。

まぁ、とにかく、今もかなり動揺していて、
文章もなんかハチャメチャ?な感じですが、

とりあえず、手術に対して、前向きに考えるようにします。
悪いものを身体に残しておく方が不安だものね・・・。

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2007年12月10日 (月)

結果

先週の記事で卵巣腫瘍の疑いのため
「MRI検査」を受けたと書きました。

で、その結果を今日聞きにいったのですが・・・。

結果は、結論からやはり腫瘍らしいとのこと。
ただ、MRI検査の画像を見ると
非常に特殊な腫瘍のようで、
産婦人科のDrはもちろん、放射線科のDrも
良性か、悪性か判断がつかないとのこと・・・。

私もその画像を見せてもらいました。
医学の素人である私が見ても、
画像の中に白くて異常なものを見つけました。

で、今、私が通っている病院では、
対応できないようで、大学病院への紹介状を書いて貰い、
明後日、大学病院を改めて受診する事に・・・。

なんで?今、通っている病院だって、
入院施設がちゃんと整っている大きな病院なのに?

良性とも悪性ともつかない。
大学病院への転院・・・。

なんか、かなりショックでした。

あと、今の状態を見る限りでは、
手術が必要になるかも知れないとのこと。

まぁ、あらたに受診する大学病院側が決める事ですが・・・。

ちょっと、頭の中が真っ白です。
それでも、夕方6時半には学童保育に王子を迎えに行きました。

何も知らずに無邪気にクリスマスの事を話す王子・・・。
クリスマスの頃は、もしかしたら私、
入院になっているかもしれないのに。

王子と手を繋いで帰りながら、
私はずっと王子の側にいたい・・・。
ただ、それだけをひたすら願いました。

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2007年12月 5日 (水)

不安

1個前の「MRI検査」の記事で、
卵巣腫瘍の疑いがあって、MRI検査を受けて、
その結果(良性か悪性か)が来週の月曜日に出ると書きました。

今日は、もちろんいつもどおり仕事に行きました。
まだ、腫瘍の事も誰にも話していません。

まぁ、月曜日に結果を聞きに病院に行く際の休暇申請の時に
ごく僅かの人にだけ話すつもりですが・・・。
(ただでさえ休み過ぎと思われているから、
ちゃんと理由を説明しないと・・・。)

正直言って、今、私、かなり精神的に不安定な状態です。
ただでさえ、精神的に不安定なのに・・・。

でも、そんな時に限って、難しい仕事に当たるし、

家に帰ると、王子が
くり下がりの計算100問の宿題を学童でやってきて、

「ママー、これ答え合わせしてー!」
ってやってくるし・・・。
1年生の繰り下がりの計算も手こずるバカなママでごめんよ
(´Д⊂グスン

でも、100問はきついんだもん( ; ゚Д゚)

腫瘍の事は結果が出るまで、ひとりで勝手に心配しても
意味ないって分かっているけれど、
だから考えないようにしているけれど、

良性でも腫瘍が大きければ、手術摘出が多いみたいです。

私、帝王切開の手術もしてないし、
盲腸の手術もしたことないのに・・・。

お腹を切るって怖いよー
(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
麻酔するって分かっていても怖いよー
。゚(゚´Д`゚)゚。

何か、今は忘年会もクリスマスも

「そんなのかんけーねー!」

って感じです(汗)
でも、忘年会って明後日なんだよなぁぁぁ。
とても参加する気分になれない・・・orz

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MRI検査

前回の記事が対人恐怖症だったのに、
今回は「MRI検査」って一体?
って感じですが、
実は、今日、その検査を受けました。

先月か先々月かの記事に「不正出血」の症状について書きました。
女性特有の症状だし、あまり私自身も触れたくなかったので、
その事はブログでもそれっきりにしていたけれど、

またその症状が出てきて、お腹の痛みもあったので、
今日、病院に行ってみると、

「卵巣に腫瘍の疑いあり」
とのこと・・・。

で、その腫瘍が良性なのか、悪性なのか、
判断するためにMRI検査で骨盤の辺りを診てもらいました。

腫瘍って言われると、「癌なのか?」って思うけれど、
調べると、卵巣という臓器は腫瘍になりやすい臓器らしいです。

あと、卵巣は異変が起きても自覚症状がなく、
「沈黙の臓器」とも言われるとのこと。

MRI検査は、頚椎ヘルニアの検査をした時に受けたので、
これで2度目なのですが、
胃腸の動きを静める筋肉注射(胃のバリウムの時に打つ注射)と
造影剤の静脈注射もしたので、痛かった・・・。
(この検査の前に採血もしたし、一体いくつ注射したのって感じ・・・。)
検査はじっと横になっていればいいんですが、
検査中の音が工事の音みたいにうるさくて・・・。

結果は月曜日に出るとの事ですが、
検査を受けている間も
悪性だったらどうしようとか、
手術はするんだろうかとか、
いろんなことが頭を駆け巡り、正直とても不安・・・。

まぁ、いろいろ調べたら良性の方が多いみたいですし、
あと、昔、歌手の宇○田ヒ○ルさんも罹った病気みたいです。
当時の報道で、副作用が酷くで精神的に参っているような
内容があったことを思い出しました。

ただでさえ、私は精神的に不安定なのにな・・・。

悪性だったら・・・と最悪な事も頭の中で想定しました。

正直、「生」にあまり執着がない私は、
最初「腫瘍」という言葉が目に入ってもそんなに驚かなかった。
(実は、腫瘍というのは医者の口から聞いたのではなく、
電子カルテに打ち込まれる言葉を見て知ったのですが。
ただ、お医者さんの態度でも、あ、これは変だなと思ったけど。)

でも、やっぱり王子の事とか、いろんな事を考えると
まだ死にたくないや。

来週の結果が良性でありますように・・・。

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