2008年5月 2日 (金)

ふたつのがん

今日5月2日は大学病院での月に1回の検診日だった。

いつものように診察室に入ると、
以前の主治医の先生とは違う先生が!

なんでも、以前の先生は同じ婦人科でも
「不妊科」の方に異動になったとのこと。

新しい先生は、今度も女性で
前の先生よりも更に若く見えた。

主治医の先生が変わってちょっと複雑な気分だったが、
患者への説明は、この先生も丁寧だった。

ところで、3月13日に受けた再手術の最終診断が出た。

「先月、摘出した子宮からがん細胞が見つかったという
お話までは聞きましたか?
その後の詳しい検査で、そのがんは、
原発である卵巣がんからの転移ではなく、
全く異なるがんということが分かりました。」

え?どういうこと?

じゃあ、私の体内には、
同時に異なるがんがふたつあったということ?

診察でも、CT検査でも子宮には異常はないと言われていたのに・・・。

ちなみに、子宮がんといったら、
子宮の入り口に出来る「子宮頸がん」を多く指すのだけど、
(がん検診でも、「子宮頸がん」の検査で、
子宮の奥に出来る「子宮体がん」の検査まではしないことが多い。)

私の場合は、「子宮体がん」だった。

このがんは、子宮頸がんとは治療も異なる。
また、比較的欧米型のがんで、昔は日本では少なかったのに、
最近は日本でも徐々に増えつつあるとのこと。

あと、未婚の人、出産経験がない、もしくは出産回数が少ない人、
高齢の人に比較的多いとも言われている。
(私は高齢じゃないし、未婚じゃないんだけど・・・。)

ステージはⅠbだったとのこと。
Ⅰbとは、
「がんの子宮筋層への浸潤が筋層の1/2以内のもの。」
らしい。

今後はこれからも、月に1回の診察と採血。
そして、時々CTで転移がないか調べるとのこと。

何か、結果を聞いてすごく複雑だった。
てっきり、原発がんである卵巣がんからの転移と思っていたから・・・。

同時に違うがんが出来ていたなんて、
私は、やっぱり「がん」に罹りやすい体質なんだろうか?

それに事前のCT検査では、見つからなかったのに・・・。
結局、顕微鏡の検査にかけないと、完全には見つけられないっていうこと?
そしたら、もしかして、今も身体のどっかに
別のがんがあるっていう可能性もない?

でも、身体の臓器を全部顕微鏡の検査にかけるなんて、
到底不可能だし・・・。

手術する前の私は、仕事も何とかして、倦怠感を感じながらも
大きな異常は感じられず生活していたのに、
その間にも二つのがんが身体を蝕んでいたなんて。。。

ちょっと、いや、かなりショックだけど、
二度の手術で二つのがんは完全に取り除いたんだから、
あまり深く考えるのは止めなくちゃ・・・。

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2008年4月21日 (月)

がんのきずあと

私は自分自身が「がん」に罹ってから、
ニュースや新聞等のメディアで、
「がん闘病記」とか、がん関連の記事があると、
目を皿のようにして、隅から隅まで読んでしまう。
病気になるまでは、正直他人事のように感じていたのに・・・。

今では、そういう記事を見ると、どこの部位に出来たのかとか、
何歳で発病したのかとか、どういった治療で克服したのかまで
細かく知りたくなる。

「がん」は突然やってくる。
いや、身体の中ではずっとがん細胞は
息を潜めていたのかもしれないけれど、

いかんせん、自覚症状がなかなか出ないのが
どの「がん」でも多いので、患者にとっては、
医者に告知されて、晴天の霹靂となる。

「がん」と告知されて、
本当に冷静になれる人ってどれくらいいるだろうか?
もちろん早期がんと進行がんでは、
患者側の気持ちも全然違うと思うけれど。

何度もブログに書いているけれど、
私は「卵巣がん」になった。

良性腫瘍か悪性腫瘍か手術で病巣を摘出して、
病理検査に出すまで分からず、ずっともやもやして、
「良性でありますように」と願っていたものの、
結果は悪性腫瘍=がんだった。
早期発見ということが救いだったけれど。

「がん」の告知を受けたら、頭の中が真っ白になったと
よく体験記に書かれているけれど、私もまさにそうだった。
でも、泣けなかった。すごくショックだったけれど涙は出なかった。

あと、「女性特有のがん」ということで、
あまりカミングアウトもしたくなかった。

でも、職場にはちゃんと報告しないといけないし、
本当は、ブログにも書くのをためらったけれど、
ここをぼかしてしまっては、本当の気持ちが書けないから書いた。

手術は最初は、がんのある卵巣だけの摘出だったのに、
再発、転移の恐れがあるということで、結局全摘手術を受けた。
これが本当に辛かった。

「自分はもう女性じゃなくなる」
気がして、最後までためらった。
でも、結果的には子宮にも転移があったので、
手術してよかったんだけど。

2回の手術を受けて、外見は何も変わっていないけれど、
やっぱり自分の中の何かが変わった気がした。

自分の身体の中にあった臓器がなくなった複雑な気持ち。
目には見えないけれど、やっぱり喪失感は大きい。

そして、もしかしたら「がん細胞」は、まだ身体のどっかに
身を潜めているかも知れないという不安感。

全摘手術を受けると、
ホルモンの関係で鬱になることもあるって聞いたけど、
今の私の鬱は、きっとそれが大きく関係していると思う。
(仕事の不安と二本立てかな?)

心のどこかで、
自分はもう女性として異質な存在かも知れない

という卑屈な思い込みがどこかであって、
(この発言、同じ病気で手術した人がもし読んだらとっても失礼ですね。
すみません。これはあくまで、自分自身のみのことですから。
間違った認識だとも自覚しています。)
その気持ちを隠そうと、今までよりもかわいらしい洋服を買い込んだり、
これ以上太らないように食事を減らしたりして、
(病み上がりにこれはやってはいけないんだろうけど、
まぁ、鬱のせいでもともと食欲ないけれど・・・)
今まで以上に
「せめて、見た目だけでも今まで以上に女性らしくなりたい。」
と変に焦ったりした。

でも、現実にお腹の傷はまだ生々しく残っている。
最近は、夏に向けて日焼け用クリームのCMがよくやっていて、
テレビで女の子の傷ひとつないキレイな水着姿を見ると、
またまた卑屈なコンプレックスみたいなものを感じて辛くなっちゃう。

あー、ここまで気持ち吐き出して、まだまだ私相当卑屈だわー
(´Д`;)

読んだ人もドン引きだろうよ、これ・・・( ; ゚Д゚)

でも、どうしても吐き出したかった。
言葉では上手く説明できないから・・・。

家の家族は男性陣ばかりだから(といっても二人だけど)
そういうデリケートな気持ちは理解できないし、
(ましてや1人は7歳の子どもだし・・・(´Д`;))

心の傷まで完全に癒えるには、
まだまだ時間がかかるかも知れないけれど、

手術しても、私は私。
女性であることになんら変わりはないんだ。

同じような病気で同じ手術を受けて、頑張っている人が
世の中にはたくさんいる。
これ以上、卑屈になってはいけないんだ。

そして、
「いのちがあるだけで本当によかった。」
と心から思えるように、心の方もゆっくりリハビリしていくぞ。

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2008年3月28日 (金)

結果

今日、退院後初めての外来受診を受けました。

今月の13日に受けた手術の最終診断が出るか出ないか
すごくドキドキして大学病院に行ったのですが・・・。
なんたって、手術前に主治医の先生から、
「摘出した臓器は、肉眼では異常は見られませんが、
顕微鏡レベルでがんが見つかる事もあるので、
病理検査にかけます。
結果によっては追加の治療も必要になるかも知れません。」

と言われていたから・・・。

追加の治療=抗がん剤治療のことなので・・・。

外来は予約していたにも関わらず、
非常に混んでいて、40分くらい経過してようやく名前が呼ばれました。

診察室に入って、主治医の先生の口から出た言葉は・・・

「この前の手術で摘出した臓器を病理検査に出した結果、
中間報告が出たのでお知らせします。
実は、摘出した子宮の奥に
ごく初期のがん細胞が発見されました。」

かなりびっくりした私・・・。
それって、どういうこと?

主治医の先生の言葉は続く。

「でも、子宮のがんもⅠ期の初期で
今回の手術で病巣は全て取り除かれたので、
追加の抗がん剤治療は必要ないと考えています。
ただ、しばらくは月に1回の外来診察で経過を見ていきましょう。」
とのこと。

ひとまず、
「抗がん剤治療は必要ない。」
という言葉にホッとしました。

「がん」に罹ってから、がん関連の書籍やサイト、
闘病記を読み漁っていた私ですが、
抗がん剤はその効き目よりも、
副作用の恐怖の方が私の脳裏にこびり付いてしまったのです。

吐き気がとってもひどいこと。
そして、女性なら誰でも恐れる脱毛。
髪の毛がごっそり抜ける事を考えたら怖くて怖くて・・・。

でも、命と抗がん剤治療とはかりにかけたら、
やはり、必要と言われたら受けざるを得ないんだろうな。
抗がん剤治療によって、命を救われた人も無数にいるんだろうし。

でも、子宮に転移があったなんて・・・。

主治医の先生の言葉を聞くまでは、
正直言って再手術を受けた事に関して、
いろんな葛藤があったのは事実です。

でも、手術を早く受けてよかった。
再手術は、私には必要だった。
これは、もう私の運命だったんだ。

そういう納得の心情です。

それに、卵巣がんに関するどの本、サイトを見ても、
私のがんの進行度のステージⅠcは、
両卵巣、子宮、リンパ節の摘出手術が当たり前のようだし。
(通常は、Ⅰcは抗がん剤治療も行われています。)

ちなみに片方の卵巣と子宮を温存出来るのは、
ステージⅠaのみの様です。
ステージⅠb以降の進行度は、ほぼ全摘手術が行われています。

子どもは王子ひとりということも、
既に決まったいた運命だったんだろう。
そしてこの病気に罹って、
この歳でもう子どもが産めない事になることも・・・。

きっと、神様は
「pinguは、不器用だから2人とか3人の子どもを育てる事は難しい。
たったひとりの子どもである王子を精一杯育てなさい。」
と言っているんだろうな。

今は運命を呪う気持ちはなく、
何とか運命を受け入れて生きていこうって気持ちです。

それにしても「がん」って知れば知るほど怖い。
いつ、再発、転移するか分からないんだもの。

それに再発、転移しても、
初期の段階では自覚症状も出ないケースが多いから、
(私は自覚症状が全くなかった。)
気が付いたら、がんが進行していたっていうケースも多いらしい。

私は二度も手術をしたんだから、もう大丈夫だって思いたい。

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2008年3月27日 (木)

退院後

退院してから、家でのんびりまったり過ごしているpinguです。
でも、精神的にはあまりいい状態ではなく、
何にもする気がしない感じです・・・。

やっぱり、再手術が私の心の中に
何らかのシミを残したのは事実のようです。

でも、どこかでいまだに現実逃避しているのも事実・・・。
「がん」になったことを心のどこかで
いまだに受け止めきれない自分がいるのです。
再入院も再手術も悪い夢を見ていた気分で、
でも、傷跡を見て、
「あぁ、やっぱり、これは夢ではなかったんだ・・・。」と
現実を見ざるを得なくなったり・・・。

ちょっと、情緒不安定かも。

二人とか三人のカワイイお子さんを連れた方を見かけると
少し感傷的になったり、

再発、転移回避の為の手術を受けたにも関わらず、
心の中にまだ、再発、転移の不安を抱えていたり・・・。

あー、上手く気持ちを表現できない・・・。

まぁ、いろいろ考えても前には進めないので、
なるべく考えないようにしなくちゃ・・・。

とにかく、今、生きているということを大切にしないとなぁ。

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2008年3月23日 (日)

退院

お久しぶりです。
私pinguは、「がん」の根治手術を受けて、
先日、退院しました。
手術の傷跡の痛みはまだ、少しありますが、
まぁ、経過は良好の様です。

突然、30代で「がん」に罹ってしまった事で、 今まで以上に
「生きること」「死ぬこと」について、 深く考えました。

「がん」という病気は罹ってみると、
想像以上に辛く、もう二度と罹りたくない病気です。
でも、失うものもたくさんありましたが、
自分の人生において、無駄ではなかったのかなとも思います。

それでもまだ、現実逃避をしたくなったり、
ふと、落ち込んでしまう時もあるけれど、
しばらくは、お仕事も休んで、お家でのんびり過ごして、
少しづつ、心身共に元気になりたいと思います。

こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。

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2008年3月17日 (月)

終わりました

お久しぶりです。
先週の木曜日の3月13日に手術をして、
無事に手術が終わりました。
2回目の開腹手術なので、
だいたいの段取りとかは、前回より分かっていました。
手術の後に、全身麻酔の影響で、高熱が出ること。
手術の2日後に麻酔が完全に切れて、
すごい痛みが来ることも…。
今はもう、だいぶ落ち着きました。
ただ入院中の病室で、夜中に眠れずに、
ふと現実を考えてしまうこともあるけれど…。
でも、手術が無事に終わったんだし、
これからもっと前向きに生きられたらいいな。
とりあえず、もう手術はしたくないです…。

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2008年3月12日 (水)

前夜

今、病院のベッドの中で、
携帯からこれを書いています。

明日の朝一番で手術です。

不安で怖くて眠れません…。

12月も手術を受けて、術後の痛みもまだ記憶に新しいし、

この手術で私自身が変わってしまうんじゃないかって思って…。

でも、改めて主治医の先生から

「癌の根治手術」
と説明を受けて、

そうだ。
私は根治する為に再び手術を受けるんだと
気を取り直そうとしている。

ただ、ひとつ気になるのが、
今回の手術で摘出した臓器を病理検査にかけて、
もしも、癌が見つかったら
「抗がん剤治療」
もあり得るとのこと。

CT検査では、見つかっていないけれど、
顕微鏡での病理検査で癌が見つかる事もないとは言えないらしい…。

どうか、明日の手術で全てを終わりにしたい。

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2008年3月10日 (月)

本音

私は、今週の木曜日に再手術を行う。

長く苦しい葛藤の末に、
王子の為に、私は生きなくてはいけないから
再発のリスクが高いまま、
残りの臓器を温存する事は出来ないと
決心した手術なのに、
考えると、怖くて、不安でたまらない。
手術を受けたら、私はもう二度と子どもを産めない身体になるし、
全摘手術の後に、体調にどんな変化が起きるか想像もつかない。

怖い。
もう、逃げ出したい。

でも、冷静に普通に考えたら、
「がん」が再発、転移する事の方が
ずっとずっと怖い。

手術を受けなかったら、
私の命の期限はすごく短くなるかも知れない。
だから、恐ろしい手術を受ける事にしたんだ・・・。

そもそも、私はどうして「がん」になったんだ?
最終的には、そればかり考えてしまう・・・。

今や日本人の3人にひとりは「がん」で命を落とすという。
だから私が「がん」に罹ってしまった事も、不思議ではないけれど、

確かにこの1年、
仕事と環境が変わってからのストレスは凄まじくて、
体調もずっと悪かった。
ストレスを上手く解消出来ずに不摂生もした。
それらが招いた結果なのかも知れない。

でも、今さら「何でがんになったんだ?」と考えても仕方ない。
現実に私は「がん」になってしまったんだもん。

最初の「がん」を取り除いても、
最初の「がん」の膜が破れていたんだもの。
再発の可能性が高いってハッキリ言われたんだもの。

もう、手術を受けるしか道はない。
今度の手術を最後に、
つらいことは全てを終わりにするんだ。

私、まだ死にたくないもの。
王子の笑顔をもっともっと側で見ていたいもの。

愛を知らなかった私が、
やっと心から愛せる存在に出逢えたんだもの。
王子を残して、まだ先に逝きたくないよ・・・。

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2008年3月 6日 (木)

王子のいた場所

再手術前なのに、昨日から風邪をひいてしまった私。
で、私がうつしてしまったのか、
今日は朝から王子が風邪・・・。
でも、熱が37、0℃とかなーりビミョウだったけど、
「ちょっとでも、具合が悪くなったらすぐに先生に言ってね。」
と王子に念を押して、王子を学校に行かせて、
私は出勤。

実は、再手術の為の入院とかその準備で来週からまた、
約1ヶ月の病気休暇を取らざるを得ないので、
せめて、今週は今以上に一生懸命仕事しようと思った。
でも、王子の事を考えると、
すっごくジレンマに陥るけれど・・・。

すると、お昼休み前に小学校の保健室から予想通りの電話。
「王子くん、熱は37,3℃と高くはないんですが、
喉の痛みを訴えています。
お母さん、お迎えお願いします。」

仕方ない。

仕事の代わりは他にいても、
王子を迎えにいける人間は、今は私しかいないから。
王子の母親も私しかいないから。

いつもの病院に連れて行くと、
そんなにたいしたことはなさそうで一安心。

眠っている王子を見るのが私は大好き。
(あ、もちろん、起きている王子も大好きだよ(;・∀・))

王子はよく、うつぶせで身体をネコのように丸めて眠る。

060819_01560001 (←こんな感じ。
いや、もっとネコみたいにまるくなってるな。
ちなみにこの写真は去年か一昨年の夏頃。
でも、あの頃から全然体勢変わってない
(;・∀・))
実は寝ている時のこの体勢は、
王子が新生児の頃から変わっていないのだ。

よく思うんだ。
王子が私の胎内にいた時は、
きっとこんな格好でいたんだろうなぁ。

約10ヶ月間、王子は私の子宮の中でずっと私と一緒だった。
約10ヶ月間、王子を育んでくれた場所。
王子を守ってくれた場所。
もうすぐ、私はその場所を私の命と引き換えに永遠に失う。

この気持ちは、うまく言葉になんかでは表現できない。
やり切れなさ、
切なさ、
うーん、どれも当たっているようで、少し違う。

ただ、一言で簡単に言えば
「かなしい」

同じ女の人なら、言葉に出来ないこの哀しみ。
少しは解ってもらえるだろうか?

例えば、すでに子宮にも「がん」が転移していたら、
それこそ、命の危機が迫っているんだから、
摘出せざるを得ない。

でも今の私の子宮は、元気なのに
(先日のCT検査でも異常はなかった。)
それなのに、摘出せざるを得ないのが
余計にやるせない気持ちに拍車を掛ける。

「でも、再発や転移してしまってからでは遅いから。」
そう自分に言い聞かせるしかない。

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2008年2月29日 (金)

告白

あのー、
本題とは全然関係ないんですが、
ここ2~3日、このブログのアクセス数が異常に多いんですが
1日に200以上とか・・・???
( ; ゚Д゚)
も、もしかして、とうとうこのブログも炎上?
私、何か失言した?
((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

心当たりは・・・
何日か前の記事にとある芸能人の名前を書いて、
それで検索で来た人が多かったみたい(;・∀・)

ま、それは置いといて・・・。

タイトルの「告白」と言っても
決して、「愛の告白」なんていいもんじゃぁありませんよ
( ; ゚Д゚)

本当は、家族とごく親しい友人以外には、
今回の手術の内容については、
決して打ち明けたくなかったけれど

(と言いつつ、公共のネットに書いているこの矛盾( ; ゚Д゚)
でも、ブログの友達は私の大切な友達だから・・・。)

来月の3月に再手術を受ける事が決まった為、
また1ヶ月近くの病気休暇を取る事になるので、
年度末の一番忙しい時期に休むからには、
職場の最低でも、同じ係の人には、
私の病状、手術の内容も全て話す必要があると思いました。

それで日付が変わった昨日、会議室に課長と係長、係員の
全員を集めて、私の病状、これから受ける手術の内容
全てを話しました。

職場の人達は、私が昨年末に手術を受けた事で
私が「卵巣がん」という病気に罹ったことはだいたい知っていますが、
反応に困る上司や同僚に
「がんと言っても初期の初期なので、
今後は月に1回の経過観察で大丈夫です。」

なーんて説明しちゃったから、
全摘手術を受けないといけないという説明を聞いた時は
皆さん、ビックリしていました。

でも全摘手術を受けないと、
いつ再発するか分からないと説明すると、課長は
「再発したら大変だから、早く手術受けなさい。
仕事の事は心配しなくていいから。」

とおっしゃって下さいました。

正直、今まで頼りない上司(失礼っ!)と思っていたので、
その言葉、うれしかったです。

係の同僚は、私と同じ世代の女性が多かったので、
何て言っていいかわからないといった感じでした。
まぁ、私が逆の立場で同僚の女性にそう打ち明けられても
きっと、かける言葉も出なかっただろうな・・・。

私も病状とか、全摘手術についての説明をしている時は、
涙を必死にこらえて、でも、声が震えてしまったけれど、
それでも、努めて明るく話したつもり・・・。

でも、私とほぼ同じ歳の同僚の女性の中には、
涙ぐんでいる人もいました。
彼女が涙をこらえている姿を見て、
私もすごく複雑な気持ちになったけれど・・・。

で、皆さんに説明して、席に戻る途中、
この前、産休に入った同僚の代替要員として
最近、アルバイトできた女の子が私を呼び止めてこう言いました。

「pinguさん、なんていったらいいのか分からないけれど、
私の身内で「がん」で18歳で亡くなった人がいるんです。
だから、pinguさんには頑張って欲しいです。」

と言葉を選びながら、そう話してくれました。

その女の子は、私より遥かに若く、すっごく美人で
今まで「キレイ過ぎて近寄りがたいなー。」なんて
変な先入観を持っていたのに(私、本当に失礼だな・・・。)
何か、一生懸命なその言葉がすごく嬉しかったです。

私がまた1ヶ月近く休む事によって、
他の職員、みんなにシワ寄せが来る事は確かなのに、
しかも年度末ですっごく忙しくなるのに、

励ましてくれた上司、後輩の言葉。
同僚の言葉にならない涙。
それをしっかり胸に刻んで、今度こそ元気になろう。

そして、病気休暇に入るまで、私なりに頑張って仕事しようって
そう思った。

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2008年2月27日 (水)

手術の日程

今日は病院の検診日でした。

主治医の先生と再手術について、いろいろお聞きしました。
私が抱えているものも少しは吐き出しました。

ステージⅠcで、膜が破れていた「がん」ということで、
残りの臓器を温存すると、再発、転移のリスクが高いから、

それで、7歳の王子を置いて先に逝くわけにもいかないから、
泣く泣く再手術を決意したわけであって・・・。
その辺の自分の気持ちも少しは主治医の先生に話しました。

私の主治医は、私と同世代くらいの美人で優しい女医さんで、
患者の訴えもちゃんと聞いてくれます。

再手術を決意したはいいものの、
やはり、女性としての機能を失うのはつらい旨も話し、
変な言い方だけど、
再手術して、もう片方の卵巣と子宮を摘出したら、
女性の機能を失って、見た目も女っぽくなくなるのかな?
とか(汗)

まぁ、今でも決して「女らしい」とか
「色っぽい」とは縁遠い私ですが・・・
( ; ゚Д゚)

童顔だし、子どもっぽいし・・・。

すると、主治医の先生、
首を大きく、横に振りながら

「いえいえ、決してそんなことはありません。
見た目は今と全く変わりませんよ。
退院後の生活も今と全く変わりなく出来ますよ。
夫婦生活も。」

「見た目は全く変わらない」
と断言されてホッとしたけれど、

先生、すっごくさりげなーく、
「夫婦生活」なんて四字熟語を入れてきたっ!
( ; ゚Д゚)

いや・・・それは、あんまり今の私には関係ないので・・・(汗)
だんなさんは一応いるけれど、
ぶっちゃけ、そういうのもう全然ないし(汗)
あれば、きっと王子に
ひとりっ子という宿命を背負わせずに済んだだろうに・・・。

まぁ、あっても二人目を授かるかどうかは、
神のみぞ知るだけど。

ただ、どうしても「更年期」の症状は出るので、
若くして病気で、子宮、卵巣を摘出した場合は、
ホルモンの補充療法を行うとのこと。

更年期症状って・・・(涙)

あと、その再手術ですが、
来月の3月に行うことがほぼ決まりました。

3月っていったら、年度末でどの職場も忙しい時期。
そんな時期に再手術でまた1ヶ月近く病気休暇をとるのは、
職場に迷惑掛けるって十分分かっているけれど、
この手術は、再発、転移回避の手術だから、
仕事が暇になる時期まで
のんびり待ってはいられないのが正直なところ。

私の今の仕事は5月まで忙しいので、
じゃあ、仕事が少し暇になる6月まで待つ?
なんてのんびりしているうちに、
再発する可能性だって十分ある。

6月っていったら、4ヶ月も先だし、
4ヶ月の間に、「がん」が再発、転移したら、
私が今まで悩みに悩んで、
決意した全てが無駄になってしまう・・・。

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2008年2月19日 (火)

自暴自棄

昨年末に発症した「卵巣がん」
膜が破れていたということで、
初期でも再発のリスクが高いと言われ
(データでは、10人にひとりの割合で再発するらしい。)
再発のリスクを回避する為に、
残りの卵巣と子宮の全摘手術を受けると以前書きました。

手術について、だんだん具体的に話がすすむにつれて、
一度は延命の為にも手術を受けると決心したものの、

「やっぱり全摘したくない!」
「でも王子の為にも生きなきゃ。」という

二つの思いで、頭が混乱して
正直、もう気が狂いそうです・・・。

この現実から逃げ出したい。
でも、私は逃げられない・・・。

つらくて、苦しくて、
そのストレスからか、肌荒れはますます酷くなるし、
夜も一度眠っても、すぐに目が覚めて眠れません・・・。

3時間くらいしか眠れない・・・。

ちょっと、自暴自棄にすらなっています・・・。

そして、自分の人生で一番辛い時に
誰が本当に信用できて、
誰が本当は信用できないか
というのも
いやというほど分かりました。

友人は本当に心配してくれる。
友人の大切さも今回の事で実感している。

私のことを本当に心配してくれるリアル友。
(たぶん、ここを見てるはず。)
本当にありがとう!
そして、こんなデリケートでコメントしづらい内容なのに
一生懸命コメントしてくれたブログのお友達、
mixiのお友達、本当に感謝してます。

でも配偶者も含めて、身内って一体なんだろう?

ある身内の女性(私より年配)は、
「子宮なんて、なくたっていいのよー!
子どももひとりはいるんだし。」

と無神経に言うし、
(全く同じ言葉を違う身内二人に言われた。)
同じニュアンスにしても、もっと言い方あるだろうと思った。
それでも、気を使ったつもりなの???
でも、言い方が無神経過ぎて傷ついた。

実の母は、精神の病と人格障害があって、
「がん」のことすら言えない・・・。

一番、支えあうはずの夫婦もやっぱり他人というか、
本当に仮面夫婦だった・・・。

仕事が忙しいのも分かるけれど、
そもそも上司に妻の病気の事言ったのか?
って感じだし、
女性として一番つらい手術をする
妻と向き合う気持ちが全然感じない。

きっと、私がどんなにつらいか、
私が配偶者の目の前で大声で泣かないと
本当に気付かないんだろう・・・。
それくらい鈍感な人だから。

本当は大声で泣きたいよ。
でも、泣きたくても涙も出ないよ・・・。

私が手術で入院する間、
王子の世話をする人がいないって
私が悩んだら、
自分は仕事を定時に帰れないのに、
「家政婦さんを頼むのも、赤の他人だし・・・。」
と最初は躊躇したかと思えば、
「じゃあ、自分が(家政婦さんを)探す。」
と言っておきながら、
結局は家政婦さん探しも、私しかやる人いないし・・・。

私、大声で「つらい。」って言いたい。
でも言えない。

今日車の運転中に、ひとりで叫びだしそうだった・・・。
このままじゃ、本当に発狂してしまいそうだ。
いっそ、発狂した方が楽になれるかな?

でも、私には王子がいるんだもん・・・。
王子の為に「生きる」って決めて、
女性として一番つらい手術を受けるって決めたんだもん・・・。

私が王子くらいの子どもの時に
母が精神の病を発症して、
私、すごく辛い思いをしたから、
王子には、そんな思いをさせちゃだめだよなぁ・・・。

自分がこの病気になってから、
私と同じ病気に罹った方のサイトやブログを探して
いくつか読んでみた。

子宮や卵巣を全摘した皆さん、
きっと、すごく辛くて不安で仕方なかったでしょう。
なのに、皆さんすごく前向きで、
私はこんな自分がとても情けなくなる。

こんなことを書いたら、怒られそうだけど、
でも、今の私はまだ、自分の運命を受け入れられない。
本音を言えば、運命を呪いたくなる。

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2008年2月14日 (木)

手術について・・・。

私の「がん」の今後の治療方針について、
主治医の先生が
「pinguさんのご家族ともお話がしたい。」と
おっしゃっていたので、日付がかわって13日(水)の夜、
私たちは大学病院に行き、主治医の先生から
改めて、私の「がん」についての説明があった。

「がん」がごくわずか破けていた事で、
残りの卵巣と子宮を残していたら、
再発のリスクがあることを改めて説明された。

ちなみに、私のようなステージ「ⅠC」のがんで、
その他の臓器を温存した場合、
再発する可能性は最近のデータでは、
10人に約ひとりと言われた。

今夜、直接説明を受ける前から、
私の心は、ずっとずっと悩みつつも

「女性のアイデンティティ云々よりも、
まずは命ありきだから、
つらいけれど手術を受けよう。」

という気持ちになっていた。
でも、現実にまた手術で私が入院となった場合、

学童保育が終わってからの
王子の面倒を見る人がいない・・・。

この前の手術の時は義母が王子の面倒を見てくれていた。
その事はスゴク感謝している。

で、義母に、今の私のがんの状況を説明して、
再発のリスクを防ぐ為に
また手術をすることを勧められましたと話したら、
困った顔で、

「もうじき、お兄ちゃん(だんなさんのお兄さん)のところ、
赤ちゃんが産まれるのよ。
お兄ちゃんのお嫁さんのお母さんはご高齢だから、
私が産まれて来る赤ちゃんの面倒をみないといけないの。」

ともう、王子の面倒は見られないと言われた・・・。

新しく生まれて来る命が何より大事って頭では分かっているけれど、
正直、大好きな義母にこう言われて
少なからずショックを受けたのは事実・・・。

普通は、自身の実家に子どもの面倒をみてもらうものですが、
私の母は、精神を病んでいて、5分も子どもを預けられないし、
父も遠くで、父の母(私の祖母)の介護をしていて、
私が入院中も来る事が出来ない・・・。
私はひとりっ子なので、頼れる兄弟姉妹もいないし・・・。

何日か前に半ばヤケになって、だんなさんに
「私が入院しても誰も王子の面倒を見られないんだよ。
私、やっぱり手術止める。」

と子どものような駄々をこねたら、だんなさんは
「その間は、俺が王子の面倒見るから。」
と言ってくれた。

でも、だんなさんの仕事は超忙しく、
ここんとこ毎日、夜中の12時前後に帰ってきて、
休日出勤もしている状況。

王子を面倒を見るためには、夕方の6時半には
学童保育にお迎えに行かないといけない。
その為に私も仕事を定時にあがらないと、
お迎えに間に合わない状況・・・。

だんなさんに
「仕事、忙しいんでしょ?
私が入院している間、10日から2週間近く
毎日、定時に帰ることが出来るの?」

と聞き返したら、だんなさん、黙ってしまった・・・。

なんか、私も子どもみたいだけど、
世界で私ひとりぼっちみたいな
どうしようもない孤独に陥ってしまった・・・。

みんな、仕事とか、介護とか、病気とかそれぞれに
事情を抱えているのは分かるけれど、

私のいのちって、ちっぽけなのかな?・・・って。
(王子にとっては、かけがえのない存在と信じたいけど。)

本当に、身内で王子の面倒を見てくれる人がいない状況・・・。
手術を止めるか否かまで、悩んでしまう・・・。

最終的には、家政婦さんを雇うという方法もあるけれど。
本当にその方法しかないのかも・・・。

今夜、一緒に主治医から「がん」の状況と手術のことを
私と一緒に聞いていただんなさん。

普通は、こんな話を聞いたら
「手術のことだけど・・・。」とか
話をするのが普通と思った。
それでも、話をする気配もなくテレビを観ていたので、

私から王子が寝た後に、改めて話をしようかなと思ったら・・・

だんなさん、王子より先にいびきをたてて寝てしまった・・・。

もう、既に私に愛情はないけれど、
やっぱり、こういう人なんだな・・・と
がっかりというか、失望というか、
やり切れない気持ちでいっぱいになった・・・。

本当に今は、手術で臓器を失うショックよりも、
孤独感の方が強くてたまらない・・・。

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2008年2月 7日 (木)

泣きたい・・・。

今日、職場に私の主治医の先生から直接電話があった。

私の「がん」の今後の治療についてのことだった。

主治医の先生曰く

「pinguさん、お仕事中にすみません。
実は、pinguさんの「がん」の治療についてなんですが、
あれから婦人科の医師達と
今後の治療方針について話し合ったんです。

pinguさんの「卵巣がん」は、たとえわずかでも破れていたので、
やはり、再発や転移のリスクがあるので、
pinguさんが今すぐにお子さんをお望みでなければ、
やはり、もう片方の卵巣と子宮の全摘手術を
受けるのが一番最良の治療だという結論に達しました。
その事について、近いうちにご家族の方ともお話したいのですが。」

という内容でした。

要するに、「がん」の再発や転移のリスクが高いので、
全摘手術を受けるのがベストだと・・・。

しばらくは、月に1回外来受診して
経過観察でいいと思っていたので、
目の前が真っ暗になった。

本当は全摘手術などしたくない。

子どもを産む予定は、おそらくもうないけれど、
それでも、「女性としての機能」
を完全に失うのはつらすぎる・・・。

でも、いのちには代えられない・・・。
それも分かっている・・・。

世の中には、「女性特有のがん」で
子宮や卵巣を全摘した女性もたくさんいることでしょう。
きっと、皆さん、すごく辛い思いをしたことだろう・・・。

今日一日、ずっと泣きたかった。
でも、仕事で必死に紛らわした。

今も泣きたい。
すごくつらい。

偶然にも、今日から産休に入った同僚がいた。
また、今月にはだんなさんの兄嫁が赤ちゃんを出産する。

実質、「仮面夫婦」で漠然ともう子どもは諦めていたけれど、
それでも、二度と子どもを産めない身体になると思うと切ない。

新しい命を宿している女性の方々がすごくうらやましい。

私の女性としてのアイデンティティーはどうなるの?

神様、どうして私は「がん」になってしまったのですか?
どうしてこんな試練を受けないといけないのですか?

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2008年1月31日 (木)

通院

今日は、「卵巣がん」術後の経過観察の日でした。
(あ、もう昨日だ・・・。30日(水)の事。)

とりあえず、病理検査の結果が悪性のがんということで、
再発していないか、
月に一度経過観察で通院する事になっているのです。

私は卵巣がんステージⅠCで、

(詳しくは、ここのサイトをクリック。)

「卵巣がん」

ステージⅠCは、がんの病巣が破れている状態なので、
本来は、再発や転移のリスクを回避する為に
がんじゃない卵巣や子宮も全て摘出するみたいです。

ただ、私のがんはステージⅠCといっても、
破れていたのは本当にわずかな部分で、
主治医の先生も
「Ⅰaに極めて近いⅠC」
と言っていました。

前回の受診でがんだったという告知を受けた時も
今のうちに残りの卵巣と子宮の摘出手術を勧められたのですが、
なかなか決心がつかず、

「今は何ともないのに、健康な臓器を摘出する必要があるのか?」

「もう、おそらく子どもを産む予定もないし、
再発の不安に毎日、怯えるよりも手術した方がいいのでは?」

という二つの思いの間で毎日揺れ動いているのが正直な気持ちです。

今日の診察の時も、主治医の先生にまだ手術について、
決心がつかずに悩んでいる旨を正直に話したら、

先生も私の気持ちを尊重して、
「もう一度、婦人科の医師みんなで話し合った上で、
pinguさんの意思を尊重しながら、月に一度経過観察しましょう。
そして、半年事にCTとMRIの検査もしましょうね。」
ということに。

主治医の先生は、見た感じ私と同世代ぐらいの若い女医さんなので、
同じ若い女性としても、私の悩み、葛藤を分かってくれるのかも知れません。

その後の診察では、術後の状態は
「異常なし」とのこと。

ホッとしました。

でも、がんは罹ってから5年間、
再発しないで初めて完治と言えるらしいので、
まだまだ楽観視は出来ません。
しかも、摘出前のがんは、
ほんの少しといえ破れていた状態だったらしいし・・・。

これからも、私は手術を受けるべきかどうか毎日悩むだろう。
でも、術後の痛みは半端じゃなく辛かったし、
全部摘出してしまうと、自分が女性じゃなくなってしまう気がして・・・。
(今まで自分が女性である事を嫌悪していた部分があったのに。)

こんな事を書いたら、
がんで全摘出手術を受けた女性の方に失礼ですね。
読んで、気分を害した方がいたらごめんなさい・・・。

でも、いのちを大切に思うなら、手術が嫌なんて
子どもの駄々みたいな事も言っていられないんだよな・・・。

今日は仕事を休んだので、病院の受診後少し時間があったから
映画でも見ようかな?と思ったけれど、
心身共になんか疲れていて、結局映画を見ずに帰ってきました。

「陰日向に咲く」か「スゥイーニー・トッド」
を見たかったんだけどな。

でも、今の不安定な精神状態で
「スゥイーニー・トッド」を見るのは危険かなぁ?

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2008年1月14日 (月)

これから・・・。

自分が「がん」だった事が確定して、
正直、精神的にかなり不安定。
現実逃避しそうになるし、
(「がん」だという事実を忘れたくなる。)

ただでさえ、鬱で不安定なのに、
さらに不安定な精神状況になった。

一番の気がかりは、やはり
「再発」

幸い初期のステージⅠで(Ⅰcだけど・・・。)
転移も今のところはないから、不幸中の幸いだけど、
がんだった臓器がほんのわずかに破れていた事を
主治医から聞かされて、なんとも・・・・。

どの「がん」でもそうだけど、
私も「再発」の影に怯えて生きていくのか・・・。

あと、「がん」によく聞かれるのが
「5年生存率」
卵巣癌Ⅰ期の場合には、
5年生存率は91%、
10年生存率は83%とかなり高い数値ではある。

(国立がんセンター がん対策情報センター、
がんサービスセンターのサイトより抜粋)

まぁ、がんの再発じゃなくても、他の病気に罹ったり、
急に事故にあって、いのちを落とす場合もあるけれど・・・。

だから、そんなに悲観することもないのかも知れない。

あと、考えるのが「仕事」のこと。
ただでさえ、「仕事」は私にとって、最大のストレス要因。
その上にいつ再発するか分からない爆弾を抱えて仕事するのは、
今まで以上にしんどい気もする・・・。

「仕事している間は、病気の事を忘れられるよ。」
との励ましも頂いたけれど、どうなんだろう?

私にとって、仕事はつらいことを忘れる気晴らしにはならないし、
それに、最低でも月に1回は外来で経過観察を受ける為に
仕事を休む事になるから、周りも使いづらくなるんじゃないかなぁ?
ま、それは周りが判断する事で、
私が考えることでもないかも知れないけれど。

で、私に対して、今まで無関心に見えて、何も言って来なかった
だんなさんが珍しく私に向かってこう言った。
「仕事、辞めてもいいよ。」

「がん」になる前から、私が仕事の事で精神的に参っていたのは
知っていたし、「がん」になってしまったことで、
(一応、今のところは病巣を取り除いて、治った事にはなっているけれど。)
私が精神的に仕事を継続する事が無理と思ったようだ。

まぁ、そうなんだけど・・・。

実際のところ私が仕事を辞めても、
家族3人が食べていく分には困らないと思う。

うーん、非常に悩む・・・。

正直、これから、「爆弾」を抱えた身体で、今までどおり
週休2日のフルタイムで働くのはしんどいな・・・って思っていたから。

もちろん、私自身もずっと「仕事辞めたい」と思ってきたけれど、
ここまで頑張ってきたからには、あともう少しは頑張れるかな?
という気持ちもあるのもまた事実・・・。
矛盾してるけれど。

とりあえず、一旦は仕事復帰して、今までどおりの勤務形態では、
体力的に持たないと感じたら、その時は決断しようかなとも思う。

なんか、背負うものがまた一つ増えたな・・・って感じ。

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2008年1月11日 (金)

最終診断

今日、大学病院の外来を受診しました。
もともと予約していたのですが。

で、今日、腫瘍の最終診断を聞きました。

摘出した腫瘍を病理検査した結果、
やはり私の腫瘍は悪性だったとのこと。

要するに、私の病気は「卵巣がん」だったわけです。

手術前から主治医に
「悪性の可能性が高い。」

と言われていたので、
(腫瘍マーカーというがんを示す数値も高かった。)
ある程度、心の準備は出来ていたのですが、
やはり、それが確実なものと分かると
私の頭の中は真っ白になりました・・・。

但し、極めて早期で発見でき、
速やかに手術で病巣を摘出出来て、
転移もないとのこと。

卵巣がんは、普通はほとんど自覚症状がない為に、
発見した時は既に他の臓器に転移している場合が多い故に
死亡率も高いがんのひとつらしいです。

その点では、私は早期発見できて不幸中の幸いかも知れません。

で、がんの場合はその進行度によってⅠ~Ⅳ期まであるのですが、
(その進行度をステージといいます。)

私の場合は、片方の卵巣のみにがんが留まっていたので
Ⅰ期とのこと。
ただし、Ⅰ期の中にもまた、a~cと段階があるのですが、
主治医の先生曰く、私の場合はほとんどⅠaに近いけれど、
摘出した病巣が卵巣に止まっていても、
袋状のがんの壁がほんのわずかに破れていたとのことで、

限りなくステージⅠaに近いⅠcということらしいです・・・。
(それも非常に微妙な診断だ・・・。)

「これから、どんな治療をするんですか?」
と主治医に恐る恐る尋ねたら、

がんは、再発の可能性が少なからずあるので、
やはり残りの卵巣と子宮を全摘する手術が
再発のリスクを回避する一番の方法とのこと。

ただ、これは今すぐに決めなくてもいい。
患者さん(私)がよく考えて決めて下さい。
と言われました。

もしも、私が60歳以上の高齢の患者だったら
迷わず、卵巣と子宮の全摘手術を勧めるのですが、
まだ30代という年齢のこともあって、
その辺は患者の意思を尊重して慎重にしたいと
いうのが主治医の先生の考えらしいです。

なんて難しく、つらい選択なんだろう?

確かに私には王子というカワイイ子どもがひとりいる。
もう、子どもを産むことはないかも知れない。
それでも、女性の機能を全て失う事はかなりの抵抗がある。

かといって、再発の影に怯えて生きているのもきついし・・・。

とりあえず、今は月に一度外来受診して経過観察することになりました。

あと、今のところはきれいにがんは手術で取り除いて、
他の臓器への転移もないので、
抗がん剤などの化学療法を行う必要はないとのことです。

仕事も私の体調がきつくなければ、
来週から出勤して構わないとのこと。

「がん」・・・今は日本人の3人に1人は
何らかのがんに罹ると言われているけれど、
まさか、私自身が30代で罹るとは思わなかった。

今は、再発の事が気がかりです。
ただ主治医の先生は、
私のがんは再発しにくいがんの種類とは言っていましたが、
再発するか、しないかは何とも言えないとのこと・・・。

なんか、「最終診断」が下されてから、ずっと頭の中が真っ白で、
心ここに非ずって感じです・・・。

人生で、最も大きい試練の一つかも知れない。

でも、神様はその人に乗り越えられない試練は与えないって
そう信じたい。

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2007年12月27日 (木)

手術

さて、自宅療養中のpinguですが、
今回、生まれて初めて「手術」なるものを経験しました。

今回は、その手術体験記なるものをちょっくら書いてみます。
手術を受けたのは12月17日(月)
手術は、開腹手術。要するに「切腹」です(冷汗)

前日の夜9時から水分も摂れない絶食。
前日は色々と不安になるものの、
手術の経験がないだけに、想像も尽かず
暗闇の中を手探りで歩いているような心境。
(それでも、しっかりと「風林火山」の最終回は病室で見たけどw)

あと、手術前ということで病室は個室。
そのせいか、まぁ快適ではありました。
あと、病室のテレビは1枚千円のテレビカードを買って
見るというシステム。

手術当日。
手術は朝9時からという事で、8時半には病室を出て手術室へ。

テレビでみるようなストレッチャーで運ばれるというのではなく、
普通に歩いて手術室まで行きました。

まず、その時の不安は「麻酔」
麻酔が効かなかったらどうしよう???
と今思えば全く不必要な心配をしていたのですが・・・。

手術室に入る前に「手術着」なるものに着替えて、手術室へ。
手術室って、最近まで食いつくように見ていた
ドラマ「医龍」のイメージがあったのですが、
私が入った手術室は、医龍で見ていた手術室よりも小さかったです(;・∀・)
「これが、手術室かぁ」
とドキドキした私に、ドクターだかスタッフの方に
手術台のベットに横になるように言われ、そこで麻酔を打ってもらうことに。

私の場合は、全身麻酔+硬膜外麻酔
でしたが、その硬膜外麻酔は背中に注射するんですよ。
これが何とも痛かった(>_<)

その後、「次に眠くなる麻酔をしますからね。」
麻酔医の先生に言われ、
「本当に意識がなくなるのかいな?」
とまだ半信半疑だった私。
その時、王子のことが脳裏に浮かんだのはしっかり覚えています。
 

で、次に覚えているのは


「終わりましたよ。」
という声。
さすが全身麻酔!(当たり前かw)
手術は三時間弱だったかな?

意識が戻っても、麻酔の影響かまだボーっとしていた私。
よくテレビドラマで見るような酸素マスクをされ、
ストレッチャーで病室まで戻ることに。

当日はもちろん、翌日も完全絶食。

手術後当日は、まだ麻酔も効いていたので、比較的元気で
夜に病室で「ガリレオ」の最終回を見ていたら、
看護師さんにびっくりされました(;・∀・)

ただ、術後、2日くらい熱が出てしまいましたね。
38℃くらい・・・。

でも、熱は大した事なかった。
その後に起きた事に比べれば・・・。

手術が終わって2日目(翌々日)の朝。

ものすごい激痛が・・・( ; ゚Д゚)
ちょうど、麻酔が切れた時だったみたいで、
想像を絶する痛みでしたよ(゚Д゚;)

もうあの苦しみは味わいたくないよ・・・。

しばらくは、起き上がったりするのもきつかった・・・。

これを書いている今は術後10日で、まだ傷口の痛みもありますが、
願わくば、もう手術は受けたくないー!
というのが本音ですね(;・∀・)

でも、この手術で身体の中の悪いものをとる事が出来たのだから、
手術に関わったドクターやスタッフの方には心から感謝しています。

まぁ、しばらくは傷口が開かないようにおとなしくしています。
(普段もおとなしいですけどw)

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2007年12月26日 (水)

退院

ご無沙汰してます。pinguです。
過去の記事では、皆様から温かいコメント
本当にありがとうございます!
すっごく励みになりました。

pinguは、クリスマスの日に何とか退院できました。

入院中は「早く帰りたいなー。」
と思いつつも、
「傷口の痛みが治まるまでは、病院に居たいなー。」
とも思う、相反する矛盾した気持ちでいたのですが、

まぁ、大学病院も在宅で療養出来る患者をずっと入院させておく
ベットの余裕もないんでしょう。

それにクリスマスは、家に帰してあげたいという
主治医の先生の好意もあったと思います。

病院では主治医の先生はじめ、
看護師さんにも本当にお世話になりました。

お医者さんって本当にすごいな。
看護師さんの仕事も本当に頭が下がる思いです。
私にはとても務まらない仕事ですよ、本当に・・・。

久しぶりに王子と遊べてうれしかった。

ここまで書くと、退院して幸せいっぱいと思うでしょう。

でも、実は、幸せの反面、今、いろんな感情が頭の中グルグルして
自分でも混乱している状況なんです・・・。

まず、手術の傷口がまだ痛い( >Д<;)
大きい声を出しても傷口に響くし、
笑っても傷口に響く。
(大好きなお笑いも観たら幸せだけど、心から笑えない・・・。
Mー1グランプリを入院中見ていたけど、
笑いをこらえるの大変だった・・・orz)
あと、咳込むとかなり傷口に響きます。゚(゚´Д`゚)゚。

痛みのせいで、かなり精神的にブルーになっています。
手術後の傷の痛みがこんなに酷いとは思わなかった・・・。

あと、私が今、元気になれない理由がもうひとつ。

手術は先週の月曜日に受けて、その時に腫瘍も摘出したのですが、
その腫瘍が良性か悪性かの最終判断がまだ出ていないんです。
病理結果が出るのがだいたい摘出して2週間後くらいみたい・・・。

まだ「悪性」という可能性も十分あるわけで・・・。
まぁ、腫瘍はキレイにとって、他の臓器は問題ないようなんですが、
もし、悪性だったら今後の治療法も変わってくるみたい・・・。

「悪性=癌」というわけで・・・。

でも、今は早期発見なら癌も治る病気なので、
そんなに気に病む事でもないんですが。

いろいろ考えても仕方ないって頭では十分分かっているんですが、
余計な事を考えてしまう私の悪い癖はまだまだ治らないようです(涙)

あと、主治医の先生から仕事復帰は一ヶ月後くらいと言われたので、
1月中旬までは、病気休暇をとることにしました。

入院中も今でも、仕事に戻りたいとか、仕事に復帰したいと
全く思わなかった、いや逆にこのままもう、仕事したくないな・・・と
思ってしまう私は、
やっぱり根っから仕事好きではないと改めて思ってしまいました・・・。
あと、仕事がストレスの大半だったという事も、あらためて認識・・・orz
私、やっぱりダメな奴だな・・・。

・・・ってヤバい。
また自分自身悪い方向に行ってしまいそう・・・。

とりあえず、少しでも前向きに療養生活送らなくては・・・。

なんか、久しぶりのPCからの更新で
文章にまとまりがつかなくなってしまったので、
今日は、そろそろこの辺で。

心配して下さった皆さん、本当にありがとうございました。

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2007年12月21日 (金)

入院生活

お久しぶりです。
日曜日に入院したpinguです。

17日の月曜日に腫瘍摘出手術を受けました。

生まれて初めての手術はやはり怖くて、不安で…。

でも麻酔ってすごいですね。
いつの間にか麻酔が効いて、気がついたら手術が終わっていました。

私が意識がないうちに無事に腫瘍は摘出されました。

術後、摘出した腫瘍を主治医から見せてもらいました。

通常は親指位の大きさと言われている卵巣が、例えると野球ボールをもう少し大きくし、
楕円形にしたようになっていました…。
もし、私が体調の変化に気付かずに野球ボール大の腫瘍が体内に入ったままだったら私、どうなっていただろう…。

術後2日経った朝は、麻酔が切れて、すごく痛かった…。

今も咳き込むと傷口が痛みますが、

入院生活は少し寂しいですが、
退院までもう少し我慢します。

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2007年12月16日 (日)

手術前夜

手術前夜